西鎌尾根を槍ヶ岳へ−下山編

肩の小屋
夕立後の常念

 慎重に下りて、小屋でビールを買いテントへ戻る。

 さいわい前のスペースが空いている。木枠に腰掛けて、「おい、飲もうや」と準備万端整い乾杯したところで雷を伴い大粒の雨になった。
 「あらあら」
 テントに入り飲もうとすると今度は缶ビールをひっくり返した。
 「あらあらあらあら」

 「郵政法案が参院で否決の模様だってよ。解散だな」
 「それは筋が通らんで。もういっぺん衆院に差し戻さんといかんのやろ?」
 「今度は三分の二の賛成が必要なんじゃないか?」
 「あ、そうなの? そやけど、小泉になってから私的にはひとつもいいことあらへんし、もう代わってくれてもええで。あいつ経済分かってるんかいな」
 ビールも終わり、焼酎を飲みながら言いたい放題である。

 Yは西洋絵画にも詳しい。いつかの山行の時、モームの『月と6ペンス』を薦められた。ゴーギャンを題材にしたものらしいが、小屋の壁に描いたのは史実かどうかは知らないがぜひ見てみたいと思いながら読んだ記憶がある。
 
 ほどなくして雨も上がり、一気に冷えてきた。雨具を防寒代わりに着て外へ。テントに戻るとYは瞑想中。いかにも無聊な時間が流れる。けれどもこれもまた悪くない。
 僕も30分ほどうたた寝をしていたようだ。

 ガスが切れると常念の上の雲が赤く染まっていた。
 
 ご飯はラーメンと牛丼。昨日はあんまり食えなかったが、きょうは二人ともよく食う。 酒も終わり、ご飯も終わればまた何もすることがない。携帯が通じるから仲間内と交信。
 きょうもヘッドランプを使わないうちに寝袋にくるまった。
 熟睡できたのかどうか、何度も夢を見たように思う。

8月8日(月)
04:30 起床。
 外へ出ると、槍の穂先にも、大喰山頂にも人が立っていた。小屋の周り、テント場のそばにも大勢の人が立っている。
 ご来光を待っているのである。
 常念と槍の間が最も燃えている。どうやら燕あたりから昇りそうだ。

日の出前 燕から太陽が昇った。左は槍。

 寒い中、じっと待っていると五時を回ったころ雲の中がやけに赤くなり、「ああ、あれよ〜」と声が上がる。
05:03 太陽は案外小さく見えた。

 槍の肩に幕営して、ご来光を拝む。ポピュラーで人も多かったが、やはり来て良かったと思う。
 テントに引き返すと、双六、鷲羽方面も、笠方面も昨日より澄んで見えた。

笠ヶ岳。気品のある山容だと思う。 きのう歩いてきた西鎌尾根。その向こうに双六、三俣蓮華。

06:00 下山。
 テント場から大喰への鞍部に下りたところが飛騨乗越。ここから槍平を経て新穂高温泉へ下る。この道も初めてだ。
 
 三日目であるし、ザックも軽くなった。水はわずかに残っている。ジュースを買い足して、ガラガラの道をトントンと下った。
 途中、西穂から奥穂の稜線が見える。

西穂から奥穂 槍平

08:10 槍平。
 テントを干し、水を汲み、ラーメンを作り二人で分けた。
 最後のトマトを食う。
 きのう槍の穂先への登り下りで話をした若いお姉さんとまたお会いした。

 大休止後、さらに軽くなったザックで、軽快に下る。滝谷までは案外早かった。
09:25 滝谷出合
 やや苔蒸して水気のある石は少し滑りやすい。用心しいしい、最後の水場を過ぎ、一気に白出沢まで下る。

白出沢を渡るとすぐ新穂高温泉への長い長い林道だった。

10:15 白出沢。かなり疲れた。またまた大休止である。
 「じゃあそろそろ」とがらがらの沢を上がると幅広の林道だった。長い長い林道だった。
 車を駐めている鍋平までどうしたものか。歩くのはもう堪忍。タクシーに乗るか、ロープウェイに乗るか。
 「ロープウェイに乗った方が安い」
 駐車場へ車を取りに行くのにロープウェイに乗ると言ふのも奇妙な感じである。
 穂高平の小屋を過ぎ、ゲートの横を抜け、駐車場らしきものが見えると、そこがロープウェイ乗り場だった。11:50である。
 鍋平まで200円とザックが100円。ロープウェイにはすぐ乗れた。鍋平で下りて駐車場まで、またもやそこそこ歩かされた。
 「ふう、お疲れさん」

 平湯まで戻り、バスターミナルそばの風呂で汗を流す。
 Yは15:25のバスが取れた、と。
 ゆっくりご飯を食べて、来年を約して別れた。

 帰途、渋滞に遭い20:50に帰宅。Yも21時に帰宅したらしい。