南葛城山、燈明岳、神野山 (Dec.3, 2005)

 たぶん1996年、紀見峠から南葛城山へはピストンしたことがあるが、向こう側、蔵王峠へはまだ歩いたことがない。ここを歩くと、葛城山、金剛山(葛木岳)、中葛城山、南葛城山、和泉葛城山の葛城山シリーズを繋いだことになる。

 葛城山系は逆L字型になっていて、大阪から見るとその外側、つまり紀ノ川から奈良県にかけてその麓には広範囲に「かつらぎ」「葛城」の地名がある。古代葛城氏に由来するものと思うが、その強大さが偲ばれる。紀ノ川を渡って南の安原神社の奥宮「武内神社」には武内宿禰が産湯を使ったとされる井戸がある。江戸期の考証らしいが、ここが生誕地と言うことになる。ただし、佐賀の武雄にも誕生地伝承があるらしい。紀ノ川の「紀」、伊都郡の「伊都」など北部九州の地名とも関連がありそう。大胆に言えば、北部九州生れの応神天皇は大和へ上った際、この紀ノ川を遡上したのではないか。橿原の新沢千塚古墳も関連があるのではないかと思う。

 さて、
 7時54分に紀見峠駅で、ハラッチさんとMさんと待ち合わせ。親子ほどではないけれど、ひと昔前のたとえば六人兄弟の長女と末っ子くらいの年齢差ではあるが、二人ともなかなかの健脚である。
 およそ一時間で岩湧山への三合目。根古峰を過ぎて岩湧山との分岐を左の南葛城山へ。
 以前来た時は山道を歩いたり林道を歩いたりしたように記憶している。
 およそ一時間近く林道を歩きそろそろ山道に入った方がよくはないかと稜線を伝いかけるといきなりのヤブコギになった。稜線からやや下の植林帯の中を歩いてみるが道らしくはない。内心、林道ばかり歩いていると気がつかないうちに南葛城山を過ぎてしまうのではないかと思っていたが、どうやらまだまだ先のようである。
 再び林道におりた。ほどなく道標があった。

杉並木の落ち着いた道 一本杉。山頂は近い。

10:55 経塚のある一本杉。記憶がなかった。頂上はここから120mらしい。

南葛城山

11:00 南葛城山山頂。紀見峠駅から三時間。山頂部は伐採されていてベンチができていた。
 
 ここから蔵王峠へ下る。初めての道である。
 幅広の道を気持ちよく下ると分岐がひとつあった。道標はなかったから、いわば主道に見える幅広の道を取ると林道に出会った。これが南葛城山を巻く、僕たちが歩いた道だろう。
 さらに下ると右へ登る分岐があり、「ひょっとするとこれがさっきの分岐のところへ来るかもしれんね」などと言い合いながら下るうちに、Mさんが、
 「これ、東へ行ってません? 私たち西へ下るんでしょ?」
 地図を見ると、どうやら嵯峨谷へ下る林道のようである。
 「さっきの分岐を登るんやろか?」
 「きっとそうよ」
 と言うわけで引き返し山道に入ると野谷の峰の鞍部に出た。
 四辻になっていて東へは確かに南葛城山へ登る道もあった。板に概略図が書かれていて、北へ行くと野谷、左は野谷の峰を巻いて大畑へ下るか、いずれ野谷の峰からの稜線に乗る分岐がありそうだ。
 僕たちは左に取り、分岐を稜線方向へ向かった。山中には地図には書かれていない道が他にもいくつかあり道標がなければ迷う。いずれにせよ紀ノ川側への下りを取ればかつらぎ町へ下るからそれから蔵王峠へ向かえばいいとは思うが、さいわい道標に助けられながら蔵王峠への稜線に乗れた。
 12時を回ってそろそろお昼にしたいところだがやや風があり止れば寒そう。風裏で日当たりのいいところと思いながら下ると蔵王権現まで下りてしまった。

蔵王権現。役の行者像。 蔵王峠から堀越への道。

12:25 蔵王権現。ここでお昼。蔵王峠はこの下になる。
 話題はExcel。僕はいまだに良くわからない。この秋ようようセルの書式設定、Rounddown、オートフィルタを覚えた。いろいろと機能を覚えれば便利だが、わからないうちは入力したことと違うように表記されるのにずいぶん腹立たしい思いをしていたのだ。
 例えば、「001」と入力しても「1」と表記される、「1.05」と入力しても「1」と表記される、「そんなこと誰も頼んでへんちゅうに」。

12:50 赤い鳥居をくぐってアスファルトの道に出ると、そこが蔵王峠だった。
 ここから滝畑へ下ってバスに乗るには健脚のお二人としてはいかにももったいなさそう。
 林道を堀越へ向かい燈明岳へ登ることにする。
 燈明岳から山道を滝畑へも下れそうで、ぜひそれを歩きましょうと。
 
 天気もよく堀越への道はいかにも里の秋らしい風情である。
 およそ20分で三差路。燈明岳へはここから七越峠側へ登る。コンクリートの幅広の道とはいえ急登である。
 展望台があり山頂へはそこからまた登るが、案外近かった。
13:40 燈明岳。山名板には「東ノ燈明岳」とある。西の燈明岳もどこかにあるのだろう。
 山頂から地図に従い向こう側へ下るといったん林道に出合い、ほどなくまた右の山道に入る。

東ノ燈明岳 神野山

 それからである。
 道は左右に分岐する。右はp869を巻く。山頂を踏みましょうと左へ取ると途中にまた分岐があった。右は山頂へ行くようでもあるが、「いやいや左でしょう」とずんずん進むと左「三国山」の標識があった。右にも道がありどうやらこれがp869へ向かっているようだ。
 右に取り山頂へ。「神野山」の山名板があった。
 東へ下ると十字路があるはずだ。真っ直ぐ下れば尾根伝いに滝畑へ下りる道に出る。左へ取ればp704を経て右に折れ沢伝いに滝畑へ下りる道に出る。
 やや遠回りになるが元気な二人はp704も行きましょう、と。
 その十字路を左に取りやや巻いた後、尾根に乗った。1/25000には破線で示されてはいるもののあまり踏まれた形跡はなくしかも落ち葉のじゅうたんであり、道標もない。
 おそらくだがp704を過ぎたと思われ、そろそろ右へ取るのだがそこがどこだかわからない。

落葉のじゅうたん 谷へ下る。

 「ここか? いやピークから近すぎるし、ちょっと急っぽい。もう少し先へ行った方が良くはない?」
 とは言うものの道があるのかどうか。先へ進むと黒いテープがあった。
 尾根道と左へと分岐があった。尾根道を取るが半ばヤブコギである。ようよう下ると先ほどの分岐した道と合流した。「やれやれ」
 再び尾根の分岐に出た。どうやらここで右の尾根に乗るものと思われた。
 チェンソーの音が聞こえおじさんが伐採中だった。
 道を尋ねると、左へぐっと谷に下りる細い道(足かため道とおっしゃっていた)があるとのことである。沢には橋を架けているからそれを渡ればいい。光滝寺キャンプ場に出る。下にも人がいて草刈りしてるはずだからそのエンジン音を目指して下りたらいい、と。

御光滝

 伐採木をよけながら一気に下るとたしかに人がいた。どうやら息子さんではあるまいか。そこでまた道を尋ねた。親切に教えていただいた。道は斜面をこそいだように、たしかに細い。彼らのものと思われる新しい踏跡に従って下ると林道のガードレールが見えた。沢に架かる丸太の橋を渡り、ぐっと登って林道に出た。

15:10 
 「ふう。それにしても面白かったですね」
 「うち、こんなん好き」
 御光滝を過ぎ、滝畑のバス停に着いたのが16:00、ちょうど9分発のバスが来たところだった。