自宅から葛城山へ―第五回葛城山新年会登山
(Jan.8/9, 2006)
1月8日(日)
窓から見える葛城山。今回も自宅から歩くことにした。馬を乗用に使える人は限られていたはずで、一般庶民が人が陸路を移動するには歩くしかなかった時代は長い。昔の人は健脚だったろう。
晴れだが山頂は雲の中。
雨具、ヘッデン、山靴、アイゼン、テルモス、着替え、壱岐の麦「山乃守」などなどでザックは軽くはない。
10:30 自宅発。
大峰・台高へここ10年間いやと言うほど通った車道にしたがい板持トンネル手前のコンビニで弁当。
歩道はトンネルの上を通っている。トンネルを過ぎると左の丘の上に古墳らしきものが見えた。いままで気がつかなかった。農道に入り古墳を見に行く。
寛弘寺古墳群 | 古墳より葛城山を望む。手前の丘陵地がワールド牧場。 |
11:50 寛弘寺古墳群。
見晴らしのいいところだ。4世紀から7世紀にかけて造営されたものらしい。
葛城山の手前に小高い丘陵地があり、さくら坂住宅、ワールド牧場が展開している。右へ巻くと、登山口としては碓井谷林道、青崩、水越峠の順になるだろうか。左へ巻くと弘川寺からになる。どうやら左へ巻いた方が近そうだ。
寛弘寺集落にあった碑。上部は役の行者像。 | 弘川寺。西行終焉の地。 |
畑の中の道をあっちこっち歩き、坂を下るとバス道。それを横切り集落を抜けてまたもや畑のあぜ道へ。できればのんびり歩きたかったのだ。白木あたりになろうかふたたびバス道。これも横切りあぜ道を歩く。葛城山もだいぶ近づいてきた。
12:40 さくら坂。
住宅内の端を通る道。坂と名が付くくらいだ。かなり登った。バス道にしたがった方が早かったか。
13:05 弘川寺。
自宅から歩いて2時間半。昼ごはんを食べ、山靴に履き替え、いよいよ山道だ。
この弘川寺からも三本ほど道がついているが、今回はお寺のすぐ横を登る道を取った。
コンクリートの道だがかなりの急登である。まだ雪はなく、落葉がかさこそとし、谷あいに陽が射している。里山の風情である。
弘川城址への分岐で下山者に会う。「上は凍っているよ」と。
碓井谷林道との出合を過ぎるとたしかに道は凍っていた。山から染み出た水が凍結しているようだ。
山の水が染み出て凍結している。 | 雪が降り始めた。 |
14:55 アイゼンを履いた。今季初めてのアイゼンである。その利き具合を確かめながら歩く。今シーズンはアイゼンを履くよりワカンの方が早かったな。
凍結箇所を過ぎるといったんはコンクリートの地肌が見えはしたもののほどなく雪道になった。
15:30 雪も降り始めた。風がないのか、ボタン雪がまっすぐ落ちてくる。五つ辻を過ぎ、電波塔を過ぎると山頂は近い。
16:10 稜線。ふう。雪は細かくなりさすがに寒い。
山頂周辺はそり遊びの家族連れで賑わっている。
16:20 ロッジ着。
1月9日(月)
山頂へ。 | ロッジ前の雪化粧。 |
葛城山頂より。大峰、台高山系を。 |