伊勢辻山、国見山―久しぶりの雪中泊 (Feb.10/11, 2008)

 この時期、テントでお湯を沸かし蓋を取ると湯気がテントの隅々までまるで霧のように立ち込める。そんな山行をまたやったみたい。

 前日平地でもほぼ終日ボタン雪が降った。
 山ではそれがしっかり積もり、予想以上のラッセルを強いられ、予定より大幅に遅れてしまったが、二日目は快晴無風。低山ながら、何度も立ち止まり肩で息をつくほどのラッセルと、雪の白と青空のコントラスト、それにまっさらの雪を充分に堪能した山行となった。それもこれも山のミューズの配慮だったか。

2月10日(日)
09:35 笹野神社から少し奥に入った取水場を出発。いったん笹野神社側へ戻る。
 地元のおじさんが、「上は1メートルは積もってるで」。
 「そんなにあります?」
 「あるある。一人か?」
 「ええ、伊勢辻山から国見山へ」
 「やめといた方がいいと思うで。遭難したらわしらが苦労する」
 「そのときはお願いします」
 これは悪い冗談だった。
 「いや、テントもありますし、ダメだと思ったら引き返しますから」
 「気をつけてな」

11:25 もうすぐ二俣のはずだが。遠いぞ。

 和佐羅滝入口から分岐を右に取り二俣から伊勢辻山へ。それから先の予定については書いても詮無い。
 登りだしの雪はごくわずか。まだスパッツにも届かない。しかし、登るにつれ徐々に増える。分岐にあった道標では伊勢辻山まで2時間40分だった。
 「お昼は伊勢辻山か」。
 ちらっとそんなことを思ったのだった。
 久しぶりの重たい荷物、私の体力ではいつものことながら速く歩けないが、まだまだ余裕があった。テントがあるし、いざとなればどこでも幕営できる。重さと引き換えに時間の制約から解放されているのだなどとまだ能天気なことを考えていたのだ。
 雪は徐々に深くなるからおのずとゆっくりになる。それにしても、二俣までなかなかたどり着かない。
 「そんなに遠かったかな?」
 以前、タイシさんと和佐羅滝経由で伊勢辻山、国見山、明神平から下り、日帰りしたことがある。
 二俣に着いたらワカンを履こう。そう思ってからもしばらく歩いたのだった。
11:35 二俣。
 ワカンを履いて分岐を右へ。たしか、廃屋があったはずだ。それがまたなかなか着かないのである。雪はあったが道はそれとわかるから迷いはしなかったけれど、そんなに遠かったか?
12:30
 一時間も歩いたろうか。ようようその廃屋に着く。ここで昼ごはん。あらあら、だいぶ予定より遅れてるぞ。
 柿の葉寿司とテルモスには白湯。
 ご飯を済ませ、かすかに記憶のある道を登るけれども、なかなか台高縦走路に合流しない。雪はさらに深くなる。とは言えまだ、膝下である。けれども、一歩一歩しっかりと進まなければならなくなった。谷沿いの道から尾根に出たが、雪はさらに深いし、ずっとトレースはない。テープもあったし間違ってはいないのだが、台高縦走路となかなか合流しないのである。一歩一歩ぐっと踏み込みながら歩くしかない。

まだ台高縦走路とは合流していない。 ワカンを履いても潜る。

14:05
 左からの尾根と合流するがこれは台高縦走路ではない。もはやこの時点でかなりの重労働である。数歩進んでは肩で息をついた。
14:45 台高縦走路に合流するとトレースがあった。
 「ふう、やっとか」
 伊勢辻山へは北斜面を登る。トレースは倒木の中にあり、歩きにくいからとフリーな斜面を登るとこれがまた深いのである。「おいおい」。斜面だからなおのこと深く感じるのだが、60cmのピッケルは雪下に潜り込む。ワカンをけりこみつつ登らざるを得ない。ようようピークが近づいた頃トレースに戻る。

14:45 台高縦走路に合流。トレースあり。 15:05 伊勢辻山山頂。

15:05 伊勢辻山山頂。
 「ふう」
 仲間内に携帯で一報。
 かなり遅れている。遅れもさることながら、もう歩きたくない心境だった。途中でテントを張るしかない。木の枝が混じらないきれいな雪でしかも平坦地があればそこに張ろう。
 伊勢辻山を下る頃から青空が見え出した。
 何度か歩いたことのある台高縦走路だが、雪があると風景はまるで異なる。

幕営地点手前にて。


16:00
 赤ゾレ山へは登らず右に巻きほどなく格好の平坦地があった。
 ここにしよう。
 まず雪を踏む。膝くらいまでの雪である。長方形を何度も踏み、ピッケルで整地。さらに踏み込み整地を繰り返す。平坦に見えても実際は緩斜面である。低い方に雪を多くしてテントを張った。
 マットは二枚。しまった。雪を落とす刷毛を忘れた。適当に雪を払い靴のままテントへ。まずはテルモスのお湯で焼酎を飲む。きれいな雪を鍋、容器などに山盛りにして少しずつ溶かす。ほぼ五分の一になるようだ。かたかたと鳴る蓋を取るとまるで閉じ込められていた霧の素があふれ出すようにテントに充満する。
 ひとしきり飲み、うどんを作りさらにご飯を入れ雑炊。
 寝袋にカバーをかけ、靴を脱ぎスーパーの袋に入れて寝袋とカバーの間に押し込む。
18:30
 いつもながら山では寝るのが早い。

2月11日(月)
 夜中に何度か目が覚めた。
 そのたびにどうも体が右へずれている。テント内の温度で底の雪が解けて、本来の緩斜面が露出しているのかもしれない。
 それにしても肩元が冷える。トイレにも行きたいが寒いし、冷たい空気をテントの中に入れてしまう。辛抱しながら輾転反側。寝袋だったかカバーだったか首のあたりの紐を引っ張り、蓑虫のように首を中に入れる。

06:50 夜明け。中央の高まりが国見山。行けるだろうか。

05:30
 何度か目が覚め、時計を見ると五時半を回ったところ。仕方がない、起きるか。
 寝袋とシュラフカバーの間にも霜が下りている。
 靴は紐が凍っていた。
 外へ出るとまだ日が昇る前のしんとした静けさである。
 雲は薄い。好天が望めそう。風もない。
 何から手をつけていいか頭が働かない。
 いたずらにタバコをふかす。
 まずお湯を沸かそう。コーヒーを飲み、パンをかじるが、冷たくて硬い。
 中華スープをとかす。パンを食い、またコーヒーを飲む。
 起き抜けからするとやや気温は上がっていそうだ。さほど寒く感じない。
 ぐずぐずしながら、またお湯を沸かしテルモスへ。

06:50 幕営地点 08:15 幕営地点

 さて、どうするか。昨日の時間を考えると国見山までずいぶん時間がかかりそうだ。そもそもさらに雪は付いているはずだからかなり苦労しそう。
 昨日来た道を引き返そうか?とも思ったが、さいわいトレースも付いているし、国見山まで行けば、あとは何とかなる。
 携帯の電波まったく圏外というわけでもなく、繋がったり繋がらなかったり。
 
 寝袋をしまえば撤収の三分の一はすんだようなものだ。
 ごわごわのスパッツを鍋のお湯に浸ける。そうでもしないとファスナーが閉まらない。
 いったん外へ出て、マットを引き出す。テントを逆さにして解けなかった雪や氷を出す。
 テントはごわごわしていてなかなか袋に収まらなかった。
 ワカンを履き、準備完了。

08:15 足は国見山方面を向いた。
 トレースにしたがい朝の静けさの中を歩く。日も差して寒くはない。たぶん池のところだが雪に隠れている。蓬莱の小女郎ヶ池は、この時期、厚い氷に覆われて池の上で遊べるが、ここはどうだろう。
 馬駈ヶ場前後だったか、鞍部に幕営跡があった。なるほど、先行者もここで泊まったのか。
 と、その先へトレースがない。
 「ん?」
 おそらくだが、土曜日高見大峠から台高縦走路をここまで歩き、幕営。そして、きのうの日曜日引き返されたのではないか。きのうの鮮明なトレースは僕が合流する数時間前に引き返された跡だったかもしれない。

 やれやれ、またもや、自分でラッセルしなければならない。
 基本的には尾根上の道であり、テープもあるから道に迷うことはない。またところどころにはトレースと思われるかすかな窪みがあった。
 しかしながら、一歩一歩踏み出すことには変わりない。風も無く、青空に真っ白の雪。久しぶりに味わう別世界だ。

こんなところを歩けたのだ。

 国見山までも遠い。今まで気づかなかったニセピークもある。
 五歩も登ると息が切れる。「まだか」と上に目をやり肩で息をつく。
 それでも、ようよう見覚えのある国見山のピークが近づく。

10:30 国見山山頂。 11:10 桧塚、桧塚奥峰。

10:30 国見山山頂。
 いつもなら腰掛ける岩も雪に覆われている。
 明神平側からのトレースもなかった。
 「やれやれ」
 少し下り平坦な道、徐々に登り、いよいよ最後の水無山への登りか。
 一箇所、急登があった。どこを通ったものやら。滑って落ちれば谷である。木の枝を掴み頭を低くして抜け出すと倒木に遮られた。
 そのその向こうに水無山側からのトレース。
 「そうか」
 ここまで来て、急斜面の下りになるから、そのトレースは倒木を機に引き返したものと思われた。

12:00 水無山山頂。
 さすがにここまで来るとしっかりと踏まれていた。
 明神平への下りは楽勝だった。上から見る明神平の広やかさもまたなかなかいい。
 昨日から誰にも会わずラッセル三昧だったけれど、「やっと街に出た」って感じだ。

12:10 明神平へ下る。


12:15 東屋で一本。ワカンを脱ぐ。明神平は相変わらずの人である。
 昼食。「半生醤油餅」。なぜかお気に入り。
 予定はいろいろとあったがすでにその気はなく、すっかりお疲れモード。里が恋しくなっている。

 周りの人に聞くと大又からノーアイゼンでも登れたようだ。下りは微妙だが、行けるところまでのつもりで歩いたが結局、僕もアイゼンなしで下りてしまった。
 舗装道路の凍結した轍がむしろ滑りそうで、真ん中の雪のところを歩いた。

14:40 取水場。