・拙を守る(Jan 20, 2001)


歸園田居      園田の居に帰る           陶淵明

少無適俗韻   少(わか)きより 俗に適する韻(いん)なく
性本愛邱山   性 本
(も)と 邱山(きゅうざん)を愛す
誤落塵網中   誤って塵網
(じんもう)の中(うち)に落ち
一去十三年   一去
(いっきょ)十三年

羈鳥戀舊林   羈鳥(きちょう)は旧林を恋い
池魚思故淵   池魚
(ちぎょ)は故淵を思う
開荒南野際   荒
(こう)を南野(なんや)の際(きわ)に開き
守拙歸園田   拙
(せつ)を守って園田(えんでん)に帰る

方宅十餘畝   方宅(ほうたく) 十余畝(じゅうよほ)
草屋八九間   草屋
(そうおく) 八九間(はっくけん)
楡柳蔭後簷   楡柳
(ゆりゅう) 後簷(こうえん)を蔭(おお)
桃李羅堂前   桃李
(とうり) 堂前(どうぜん)に羅(つらな)

曖曖遠人村   曖曖(あいあい)たり 遠人(えんじん)の村
依依墟里煙   依依
(いい)たり 墟里(きょり)の煙
狗吠深巷中   狗
(いぬ)は吠ゆ 深巷(しんこう)の中(うち)
鶏鳴桑樹巓   鶏は鳴く 桑樹
(そうじゅ)の巓(いただき)

戸庭無塵雜   戸庭(こてい)に塵雑(じんざつ)無く
虚室有餘閑   虚室
(きょしつ)に余閑(よかん)有り
久在樊籠裏   久しく樊籠
(はんろう)の裏(うち)に在りしも
復得返自然   復
(ま)た自然に返るを得たり

 

陶淵明の「歸去來兮」の序文に次のような一節がある。

飢凍雖切、違己交病   飢凍切なると雖も、己に違えば交々病む
「いかに飢寒に迫られたればとて、自分の本性に負くことは精神的にも肉体的にも苦痛である」

 かつて、糊口のために役人になったこともあるが、それは自分自身の本来の性質に背いていた。自分は世間とはうまく折れ合えず、山や丘と言った自然のなかにいるほうが向いているのだ。そのような忸怩とした思いを抱いているとき、妹が亡くなる。葬儀のために帰郷することになるが、これを機に「自ら免じて職を去る」、つまり役人生活を辞してしまう。陶淵明42歳の時であった。
 「歸去來兮
(かえりなんいざ)」はその帰路の心情を書いた詩であるが、ここでは「歸園田居」を引いた。これもまた好きな詩のひとつ。

 糊口のためとは言え自分の性質に背くような生き方はできない。不器用な自分だけど、その自分に忠実に生きることでしか、自己を生かすことはできないのだ。
 「拙を守る」とはそんな意味かと思う。そして、そのためには覚悟がいる。

 

参考文献
松枝茂夫・和田武司訳注『陶淵明全集』(岩波文庫)
松浦友久『中国名詩集−美の歳月』(朝日文庫)