明神平「ミニ」フルコース (Apr.7/8, 2001)

 4月7日(土)

 9時20分、取水場に車を停めて、笹野神社まで引き返す。「安全山行」を祈願して右の細い路地から薊岳へ。このコース、下りには何度も使ったことがあるが、一度も登ったことがない。下るだけでもけっこうしんどいから、登りだとどうしても敬遠してしまう。でも、一度くらい登っておかないとかっこ悪い。それと、ひょっとすると虎さんが日曜、明神平へ上がるかもしれないと。とすれば、下りを明神平から林道へ真直ぐ下りたほうが会う可能性はあるわけだ。
 
 長い長い杉の植林帯をじっとがまんの子でつめて行く。70mほど先を単独のおじさん。休憩されている間に「どうも〜」って前を過ぎて行く。11時前に、山道を横切って倒れている杉の木に腰掛けてひと休み。
 「ふう」
 とても静かだ。静かな山行になりそうだ。
 天気はいいし、慣れた道だし、ほっとした気分で、単独行のよさを味わう。断片的にではあるが、いろんな考え事が頭をよぎる。
 「この靴、底を張り替えないといかん。GW明けに修理に出すか。重たいから、そのときもっと軽いのを買っておこうか」
 「GW、どうするかな? 奥穂行きたいけど。一人では無理かな? とりあえず涸沢まで行ってみるか」
 「今度の土日、吉野やけど、土曜日外せない用事ができそうなんよね。日曜の朝からにしようか。スニーカーとジーンズでええかな?」
 「そうや、天川のタクシー、いっぺん電話しとかんと」
 「それにしても、昨日の掲示板、おもろかったな〜」
 などなど、とりとめもない。

 11時半、やっと尾根に出た。第一関門を過ぎた。ここからはいくつかのアップダウンはあるものの気分が違う。
 と、前で何やら話し声が。地図を見ながら休息中の三人の脇をすり抜ける。
 静かな山中のこと、彼らの話し声がいつまでも聞こえてくる。
 
 薊岳直下の痩せ尾根の日陰にはところどころ雪がまだ残っていた。ザラ目のところはザクザクと歩ける。一部、根雪の最後の部分だろうか、カッチンチンに凍っているところがあった。ストックを刺しても、歯がたたない。はね返されてしまう。
 木の根を引っ掛けないように、木の根で滑らないように、それだけ気をつけて、あちこちに手をかけ、足をかけながら痩せ尾根を歩く。
 ご夫婦、単独の下山者に遭う。

 12:30
 薊岳山頂。昼御飯にする。やや靄がかかっていたが、大普賢、その右肩に八剣、左奥に釈迦ヶ岳が臨まれた。「いずれ、近いうちに行くからね」
 ほどなく先ほどの三人が上がってくる。車をヘリポートのところに停め、マウンテンバイクで神社まで引き返して、そこにMTBを置き登り始めたのだとか。なるほど、その手があったか。
 薊を少し下りたところに、ごつごつした岩場がある。ここで、片手で持てるほどの石を拾う。虎さんの話では明神平にケルンを立てる予定があるとのこと。その一助にでもなれば。いずれ休む時にザックに入れるつもりでいたが、結局明神平まで、手に持って歩いた。
 左にあしび山荘が見える。屋根が青く見える。
 「あれ? 屋根は青色だったっけ?」
 薊岳から東へ、右側にもうひとつ稜線がある。二重稜線になっている。
 「そういえば、蝶ヶ岳ヒュッテから葉書が来とったぞ。あそこも二重稜線になっている。GW、行ったんだよな。あの時は雪が極端に少ないって地元の人は言ってたけれど。う〜ん、今年はどうしよう。涸沢まで行ってみて、それから考えるか。見上げるだけで帰るか、登ってみるか」
 前山への最後の登りはさすがにしんどかったが、明神平への下りは、雪解けの水分がまだ残っているのか、ほどよくクッションが効いてとても歩きやすかった。右の谷のほうから鹿の鳴き声。

 14:00
 明神平に着く。石をケルンに乗せて、手を合わせる。
 あずまやでご夫婦が休んでおられた。横を抜けて山荘へ。「こんにちは」と向こうから声をかけられた。山荘の階段に腰掛けて一服する。じっとこっちを見ておられた。
 天理大小屋の裏にはすでにテントが一つ。それに、明神岳方面からと思うが、二人組。
 ザックを小屋の横に置き、空身で国見山まで。水無山までが急登。国見山も名前のわりには展望が利かない。
 でも、今回のテーマは、「明神平ミニフルコース」なのだ。明神平に一泊して行ける山へ登る。具体的には薊岳と国見山と桧塚、桧塚奥峰と言うことになる。すでに、薊は済ませた。きょう、国見山も済ませておけば、明日は桧塚の往復だけ。前回のダイトレより早く山を下りれそう。
 水無山への急登のあとは比較的穏やかな尾根道だ。北斜面には所々に雪が残っている。空身でふらふらとお散歩気分。ここまで上がるとブナとはまた違った木が群生している。花の名前にも、木の名前にも疎い。ザックを担いでいるとどうしても足元ばっかり見て歩くことになる。空身も悪くない。時間も時間だから、人も少ない。天気もいい。ゆっくりと山中を散歩する気分である。山には山の時間が流れている。それを特に感じるのが、夕暮れから早朝にかけて。これを味わうには、やはり泊まるしかないと私は思っている。
 国見山へ上がると一人。
 「やあ」と言ったきり、話は途切れる。
 お互いに一人でいたかったのだろうか。広い山頂の岩に離れ離れに腰掛ける。
 下りるとき、今日の予定を聞くと、明神平に泊まると言う。
 「ああ、あの黄色のテント?」
 「ええ」
 水無山を下りるとき、石をまた拾う。これもケルンへ。
 天理小屋を過ぎて水場へ向かう途中、たぶん「タヌキ」を見かけた。やたら顔が白くて細長い。子ダヌキなのかもしれない。なぜか、こでさんを思い出してしまった。写真を撮ろうと近づくと、ブナの倒木の空洞の中に隠れてしまった。「北の国から」の蛍の真似をして「ルルルルル」と言ってみる。空洞の中から、のそっと顔を出すがすぐ引っ込めてしまう。

 水場の上にテントを張る。地面がやや湿り気を帯びている。枯葉をかき集め敷く。少しでもテントが濡れないように。
 ここに張るのは何度目だろうか。いつだったか初夏の頃、ここで早朝「カッコウ」の鳴き声を聞いた。僕のHNもその時に由来している。その後ある掲示板に「郭公鹿々」というHNで書いていた時期があった。鹿も複数見たからだ。夕方になると、明神平まで鹿が下りてくる。
 設営中に、国見山で会った彼が水を汲みに来る。
 
 16:00
 設営完了。水を汲む。
 さてと、あとは飲むだけ。今回は宮崎の麦焼酎、「三段しこみ」。
 麦は「百年の孤独」が美味い。が、まず出まわっていない。一軒だけ、お初天神のそばの飲み屋を知っているが高い。でも、美味い。アルコール度数は40度。和製ウヰスキーと言ってよい。なによりも青麦の味がするのがいい。小さい頃、麦畑で引っこ抜いて節のそばを縦に爪で切れ目を入れ、麦笛を作った。その時の口元に残る麦の味がする。何度目かに行った時、気がついた。「ああ、あの時の味だったか」と。


 4月8日(日)

 06:30
 起床。もう日が出ている。昨日は7時半くらいまでは覚えている。11時間近く熟睡したことになろうか。
 テントはそのままにして、水と食料、カメラをザックに入れ、ストック片手に桧塚まで。天理小屋裏のテントはすでに撤収されていた。もうひと組がちょうど水無山へ向かうところだった。
 明神岳の下りは北斜面のせいか、あちらこちらに雪が残っていた。
 奥峰へ左へ折れるところがある。ここは右にも尾根がある。迷いやすいところだ。その右の尾根へ鹿が走って行く。鹿の鳴き声がする。きっと、鹿の巣なのだろう。
 
 07:50
 奥峰山頂直下の見晴らしのいいところへ出る。こんな光景の中に一人でいるのだ。奥峰山頂から左へ。桧塚まで熊笹の稜線を歩く。晴れていたのに、谷からガスが吹きあがってきた。あっという間に曇り空。
 08:05
 桧塚山頂。奥峰へ引き返し、第一回目の「明神21」のオフでみんなと行ったところでパンを食う。石をひとつ拾う。少し風もあったが、森の中に入ると暖かい。
 明神岳でまた石を拾う。ケルンに積む。
 09:45
 テントに帰りお湯を沸かし紅茶を飲む。何やら雨になりそうな気配だ。ぐずぐずしてられない。
 10:25
 撤収し下山。帰りにブナの倒木の中をもう一度覗いたけれど、子ダヌキ君はいなかった。
 あしび山荘のベランダでひとり休んでいる人がいた。
 単独の若者、夫婦連れ、などなどが登ってくる。
 虎さんがひょっとすると上がってくるかもしれないと言っていた。会うとすれば、この山道の途中か、林道か、彦兵衛さんとこでウダウダしてるかのいずれかだろうと思っていたら、明神滝のそばで、鉢巻をした虎さんと出くわした。11時だった。
 「あらら〜」
 「DOPPOさんもきょうはどっか行ってるはずやで。昨日はケーブルが開通したらしく、速い速いゆうて書いてはったわ。車、取水場に停めてるんやろ。車のキー貸したるわ。それに乗って、風呂でも入ってきいな。2時くらいに下りてるやろから、また迎えに来てくれたらいいし」
 林道終点から取水場まで歩けば一時間とすこしはかかる。ありがたい。
 ヘリポートまで着いて虎さんの車で取水場まで。途中の水場で2リットルのポリタンに水を汲む。

 12:00
 取水場につく。ラーメンを炊き、それから風呂へ。
 さくらんぼの缶ジュースを飲み、再び林道を上がる。すると、DOPPOさんが下りて来ている。
 「おおおっ。なんやあ、来てはったんですか。虎さんと会ったでしょう」
 「いや。虎さん来てはんの?」
 「えっ? 11時に明神滝でしたよ」
 話を聞くと、DOPPOさんは伊勢辻山へ登り、国見山、明神平へ。どうやら、あしび山荘の中に虎さんがいてはる時か、小屋の谷側でどなたかと話をされてるときに、DOPPOさんは明神平を通りすぎはったようだ。

 DOPPOさんの車の所まで引き返し、それから再び林道を上がる。ほどなく虎さんが下りてくる。
 「なんや、ここに来てたんかいな」
 杉ヶ瀬茶屋さんで、またもや山談義、PC談義。5時頃までいたろうか。
 それから、「又兵衛桜に連れてったるわ。きのう円さんが写真アップしてはったで」と。宇陀方面へ。僕自身はこの道は初めて走ることになる。車を走らせながらでも、まわりにやたらと大きな神社がある。この神社巡りのためにまた来ないといかんな。

 「又兵衛桜」は壮観だった。一本の木が根元近くで三本くらいに枝分かれしている。枝垂桜というのだろうか。見物客もすごい。カメラマンもすごい。ライトアップするのを待っているらしい。桜は夜桜にかぎる。妖艶だ。
 と、思いがけない付録を楽しませてもらった今回の明神平「ミニ」フルコースであった。