伊吹夜間登山 (June 30/July 1, 2001)

 きたろうに所属する山口さんに誘われて初めて伊吹に登ったのが、1996年の7月の第一週の土曜日。3時ごろ、登山口の三宮神社から登り始めて夕方山頂で幕営。
 聞けば、きたろうの恒例の行事で長年続いているらしい。
 その後、僕も単独であったり、山口さんと一緒だったり、息子と一緒だったりしながらずっと続いている。

 今年は荷を軽くして夜間登山だ。
 大阪発21時43分の「ちくま」で米原まで。23時00分着。米原で23時02分発大垣行きの各停で近江長岡下車、23時11分。
 近江長岡では登山客らしい姿は見当たらない。
 「おやおや、一人かいな」
 バスももうないし、タクシーもない。登山口まで歩くしかない。道路は乾いているが、随所に水溜りがあった。
 「そうか、やんだあとなんだな。つまり、天候は回復に向かっているとゆうことか」
 星は見えない。歩道には蜘蛛の糸があったのか、やたら腕にまとわりついてくる。街灯があるとはゆうもののちょっと気色悪い。

 ぽつりぽつりと降り出し、セメント工場の所で本降り。街灯の下で雨具を着る。
 「やれやれ」引き返すにももう電車がない。
 雨具は雨は除けてくれはするものの、雨具の中はさすがに蒸れるからやたら汗をかく。Tシャツが汗でぐっしょり濡れて体に張りついている。これも気色悪い。

 神社に着いたのが12時20分。思ったより早かった。荷は軽いし、新調の靴も軽い。水を汲んでザックの中の荷物をビニールに包む。靴紐を締めなおす。ヘッドランプを出す。予備の電池を雨具のポケットに。

 12時30分。さあ、行きますか。 
 登山口は樹林帯。真っ暗だ。ちょっと怖い。道は沢状態。25分で1合目。パラグライダーの基地だ。泊まれるようにもなっているようで、テレビを見ている数人が窓ごしに見える。ぬれねずみの僕とえらいちがいだ。
 雨の中を、滑りやすい足元に気をつけながら、草つきの急登を登っていく。ガスも出ているので視界が利かない。6回目だから、おおよその見当でいまどのあたりかを推測しながら、急登を終え、3合目手前の平坦な渡り廊下を終え、いったん3合目のホテルへ行き休憩する。1時47分だった。灯りは点いているものの中へは入れない。自販機があるのに…。 雨はやんだが、風はきつい。ガスが目の前をびゅうびゅう流れて行く。水を飲み、飴玉を舐め、タバコを吸う。雨具の中はサウナ状態である。徐々に体が冷えてくる。
 「おいおい、ほんとに大丈夫かよ」

 02時00分。強風の中を再び歩き始める。3合目のキャンプ場の横を抜けているとなにやらヘッドランプに反射する光りがあった。
 「何だろう? そうか、蛍か」
 僕はランプを消した。あちこちから蛍の光が明滅している。

 四合目のリフトの支柱があるところから登山道に入る。石はごろごろしているし、滑りやすい。雨がやんでいるのがなによりありがたい。雨具の前をはだけ風を入れる。
 5合目に出ると、平地の町の明かりが見える。
 6合目あたりで一瞬、星が見えた。
 一本道だが、ライトで照らしてやらないとヘンなところに突っ込んでしまいそうだ。ショートカットが幾つもあるし、細いところもあったりする。ガスで視界がないために、進む方向が予知できないのだ。昼間とえらいちがいだ。
 7合目の手前の岩に腰掛けて一休み。パンを一個食う。
 8合目を過ぎたあたりで、なにやら上の方に人の気配がする。
 9合目を過ぎれば山頂はもうそこだ。粘土質の滑りやすいやや平坦な道で、大パーティに追いつく。きたろうのみなさんだ。「ちくま」では見かけなかった。その前の新快速だったようだ。大人数だからペースもおのずとゆっくりになってしまう。テン泊組もおられるらしい。

 3時57分。山頂。まだ暗い。強雨とガス。パンを食べていると寒くて震えてしまう。ひとなつこい犬がしっぽを振って僕が食べているのをじっと見ている。仕方がないからすこしちぎってやるとうまそうに食べた。食べ終わるとまたじっと見ている。
 「欲しいの?」
 しょうがないからまたひと切れ。これもうまそうに食う。またじっと見ている。頼みもしないのに、「お手」なんかしちゃって。いやな奴。もうひと切れやって、僕も食べてしまうと、「もうないの?」って顔をしてどっかへ行ってしまった。「なんて奴だ」
 きたろうの方からみかんを一個いただいた。顔見知りの人が多いのだ。
 彼等は、これから腹ごしらえをして、テン泊組を起こして、一緒に下山する。
 4時20分。僕は、寒いので「お先に」とやっとランプが要らなくなりかけた薄明の中を下りていく。
 5合目で小休止。3合目で、お花の写真を。1合目で最後のパンを食う。ここでも犬が2匹欲しそうに寄ってきたけれど、「あげないよ」ってひとりで食ってしまった。1匹はどうやら、「このおっさん、くれへんな」と気がついたらしく、どっかへ行ってしまったが、もう1匹は、よだれをたらしながら、僕の横の草のところに座り込んでしまった。
 「でも、あげない」

 ちょうど7時、登山口まで戻り、湧水を汲む。臨時の登山受付に記帳して、「伊吹山、登頂記念 平成十三年」と書いた通行手形みたいなものと、「登頂証明書」と書いたちっこい賞状みたいなものを受け取る。
 「これが楽しみで毎年来てるようなものですわ」

 神社で着替え、靴の泥を落とす。
 8時01分のバスに乗った。