「やれやれ」『天川−狼平−弥山−八剣』June 5/6, 1999

 天川村の役場に着いて、靴下をはく。山靴に紐を通し、サンダルから履き替える。何度か行ったことのあるコースとはいえ、だんだんと横着になっている。(車はマイカーではない。会社の車だ。必要な時に週末私用で使っている)  10時40分。出発。今回は、天川から弥山、八剣を目指す。途中、狼平で幕営するか、それから一時間余りがんばって、弥山頂上の幕営地まで行ってしまうか。明日の天候がやや心配だから上まで行ってしまった方が良いかもしれぬが、それも、時間とこちらの体力次第だ。狼平に着いてから考えればよい。ザックの重さは14kg。水も狼平まで補充できるところはない。家の水だ。2リットル。

 12時15分、鉄塔の下に出る。昼食、このときはじめて車にライターを忘れているのに気がつく。煙草はしっかり持ってきたけれど。
 「やれやれ」
 まあコンロがあるから、ライター代わりになりはするけれど、小休止のたびにいちいち、ザックの奥からそのためにガスとコンロを取り出す訳にもいくまい。まあ、狼平までは辛抱しよう。煙草が吸えなかったからと言って死んだヒトはいない。むしろ、吸わないほうが長生きもしよう。
 「やれやれ」

 ここまでで、会った人と言えば、登山口で下りてきた単独者一人、学生らしい三人のパーティ。あとは誰にも会わなかった。先に行ったパーティがあるかもしれぬが、僕の足では追いつけない。後から追い越した人もいない。どうやら静かな山行になりそうである。

 やっとの思いで杉の樹林帯を抜け、栃尾辻を過ぎると山は一気に山本来のたたずまいを見せる。ブナ林。ブナ林は不思議なことに下草が生えないせいか、またブナそのものが密集して生えないせいか、やたら明るいのだ。平坦なブナ林を散策気分で歩く。前にも後ろにも誰もいない。天気は上々。大峰山系が垣間見える。こんなゼイタクな景色を一人占めにしている。ここを歩く時、僕はいつもそう思う。ぜひ誰かにもこの景色を見せてやりたい、と。
 だけど、悪天候の時は、こんなに心細いことはない。怖いのだ。すこし曇りがちになって、風でも出てこようものなら一遍に不安になってくる。なぜこんなところにたった一人でいるのだろう、と。  あれこれ考えるでもなくいろんなことが脳裏をよぎる。狼平まであとわずかのはずだ。このコースのもっとも山らしいたたずまいの中を歩く。もっとも好きなところである。

 沢の音が聞こえる。橋を渡ると狼平だ。狼平は、沢と言うか渓流の脇にあるテン場である。無人小屋が一つある。僕一人だと思っていたら四人ほどのおじさんがなにやらごそごそしている。テントはない。
 「なに、おでんか?」
 晩御飯の準備のようである。
 「こんちわあ」
 「ああ、どうも」
 時刻は4時20分である。とりあえずザックをおろす。
 「ああ、しんどかった」
 さて、どうする。今から上がるとなると5時半をまわるだろう。
 「日は長いけれど、しんどいことやし、ここで張ることにしよう」
 10分もかかるかかからないうちにテントは張れる。シートを敷き、ポリタンクの残りの水は全部捨てて、沢で汲み直す。準備万端。水割りを飲む。コンロで煙草に火を点ける。日は長い。ブナの葉が茂っているせいか、南の空の見通しが悪い。そう言えば、二年か三年前になろうか、四月の終わりに来た時は早朝、枯れた枝の向こう側にさそり座のアンタレスが見えていた。

 いい加減飲んだ後晩飯にする。向こうは向こうで盛り上がっているようだ。枯れ枝を集めて火を焚いているようだ。おもむろに遊びに行く。リーダーは66歳。このおっさんえらく酔っ払っている。いろいろと話を聞かせてもらう。自分の山行を話す時は、ほぼ誰もが自慢話になりがちだけれど、このパーティのそれにはイヤミがない。だけどしっかりした山行である。立山の室堂から薬師、雲の平、三俣蓮華、双六、槍、上高地を六泊七日で行ったんだとか。
 「食料、大変でしたでしょう」
 「重かったでえ。24kgほど担いだんとちがうかなあ。それでも、テントと小屋と併用やで」
 「なるほど」全てテン泊などと依怙地にならないところがいい。臨機応変なのがよい。
 「西穂から奥穂へも行ったでえ」
 「そりゃスゴイ」僕は、そのいずれをもまだだ。薬師はぜひ行ってみたい。室堂から薬師をまたぐだけで二泊は要りそう。西穂から奥穂はまだまだ先のことだ。身辺整理をしたあとで行かないと。落ちるかもしれないし。

 翌朝(今朝)、五時起床。即、靴をはいてカメラだけ持って空身で頂上へ。弥山まで一時間。弥山小屋の泊りやらテン泊やらで、そこそこの人である。いったん鞍部におり、八剣へ登り返す。
 6時40分、八剣山頂。近畿の最高峰、深田久弥の百名山の一つである。とはいえ2000Mに満たない。大峰山系はどこも良い。どれをも名山だと思う。この最高峰の八剣を代表者として登録したのだろうと思う。もっとも深田はそれ以外には登ったことがないと思うけれど。

 下り坂の予報もどうやら外れたのか、台風が西へそれたのか、快晴である。最高の見晴らしである。紀伊山地は言うほどの高山はないけれど、幾重にも重なった山塊は壮観である。山が深い。

 8時20分、狼平。パンをかじりながらお湯を沸かそうとするが、コンロの火がつかない。当然煙草もすえない。「おやおや、どうしたんだ?」カチカチと何度やっても火が点かないのだ。ガスは出ているのに。
 「やれやれ」
 ライターさえあれば、火が点くのに。仕方がない、水で我慢する。無人小屋に泊ったおじさんパーティは僕と逆の登山口へ下りるのだと言う。そこに車を駐めているから。
 撤収後、9時下山。山のゴミを拾いながら下りている十人ほどのパーティに会う。ボランティアらしい。ジュースの空缶、ウイスキーの瓶、飴などの包み。これらはいつまで経ってもその形を崩さない。
 「こんなに集まるんですよ」一人がポリ袋の中を見せてくれる。
 僕もそんなゴミはちゃんと持って帰る。吸い殻だって当然だ。だけど、じつは昨晩御飯を食べきれずに残ったものを捨ててしまった。「まあ、これは土に還るから・・・」などと心の中で自己弁護してしまう。

 徐々に足の裏が痛くなる。いつものこととは言え、上品な足のせいか、下りになると荷重がかかるせいかすぐ痛くなるのだ。痛くて痛くて、下りなのにスピードが出ない。
 12時、小休止。靴紐をゆるめる。煙草も吸えなければ、昼食用のラーメンもつくれない。パンをかじる。水をのむ。飴をなめる。ホントに梅雨に入ったんだろうか? 空はまるで梅雨明けのようにカラッとしている。Tシャツ一丁で充分。具体的なイメージは湧かなかったが、ふと「この夏の山行、どうしよう」などと脳裏をかすめる。「そうだ、湯浅が尾瀬へ行こうって言ってた。そろそろ話をつめないといかんな」
 登山口まで、もうあとわずかだけれど、これからがもっとも術ない時間なのだ。辛抱の時間なのだ。紐を締め直し、飴玉をもう一つほうりこむ。

 そうだ、歌を歌おう。竹内まりや。「♪見覚えのあるレインコート、たそがれの駅で・・・」好きな歌だけれどじつはうまく歌えない。音痴なのだ。「♪夜毎募る想いに、胸を熱くした日々・・・」これも同様。
 そういえば、Kさん、鑓温泉は混浴だって言ってたなあ。何年前だったか、四、五年ほど前行った時は、僕たちは(僕と息子)入らなかったけれど、男女別々になってたんじゃなかったかしら。
 たしか、そこで昼御飯を食べたのだった。
 Kさんに、鑓温泉に一緒に入ろうって言ったら、怒るだろうなあ。口をきいてくれないだろうなあ。「いいよ」って言って、行ったまでは良かったものの、混浴じゃなく別々だったら、「あはは」、なんてとりとめもないことをいろいろと考えてみる。

 13時30分。やっと天川の役場につく。役場のとなりのグラウンドでは少年野球をやっている。役場の駐車場にはそこそこの車が駐まっている。
 ライターもちゃんとあった。まず靴を脱ぐ。靴下も脱ぎサンダルに履きかえる。コッヘルをだし、コンロにライターで火を点ける。ラーメンを食べ、小さな鍋で再びお湯を沸かし、お茶を飲む。
 さて、風呂でも入って帰るかとエンジンをかけると、プチ、プチと言うだけでエンジンがかからない。
 「あれっ? どうしたの? おかしいなあ?」
 鍵はちゃんと外していったのに。あちこち、触ってみて、スモールランプを点けたままだったのに気がついた。長いトンネルを二つ抜けた時、消し忘れたままだったのだ。
 バッテリーが上がっている。
 「やれやれ」
 どうしたものか、だれかにチャージしてもらうしかない。野球が終わるまで待つしかないか、と思っていたら旨い具合にひとり近くにいたので、事情を話したら気持ち良く黒と黒、赤と赤を繋いでくれた。じつはこの経験、僕は初めてなのだ。そうこうするうちに、
 「ブルン、ブルン…やったあ」
 「どうもありがとうございます」

 天川温泉に行くと、昨晩の四人組も来ていた。
 「なんやあ、来てはったんですかあ」
 「あんたも来るんとちゃうかあ。ゆうてたところやったんや。あんたどこから?」
 「富田林ですけど」
 「なんや、俺らもそうやで。富田林のどこや?」
 「高辺台ですけど」
 「あれまあ、俺、藤沢台や、あのひと青葉丘や」
 「なんやあ、すぐそばですやんかあ」
 じっさい、その辺りはちょくちょく散歩する。ホントに隣同士なのだ。

 ひと風呂浴びて、Tシャツと半ズボンに着替えて、設定を解除されたラジオの時計とチューニングを合わせ直して、
 「やれやれ」
と思いながら帰路についたのでありました。