岩湧山から槙尾山―ダイトレ完了の巻 (Apr.6, 2002)


 予定より一時間早く目が醒めた。夕方から雨になるらしい。さっさと出かけたほうが良さそうだ。

 07:55
 紀見峠着。岩湧山を越えて滝畑へ下り、それから槙尾山の予定である。今日の主目的は滝畑から槙尾山。これを行けばダイトレは完了する。
 慢性的な寝不足のせいか体がいまいちしゃきっとしない。この気候になればヘビの心配もある。ヘビは苦手だ。噛みはしないけれどゾクッとするほど不気味だ。だいいち突然に現れる。なぜ前に進めるのかいまだに判然としない。
 だから、荷は軽いけれど、用心棒にストックを持って行くつもりだったのに、出かけるときはすっかり忘れていた。
 枯れ木を適当に折りストック代わりにする。そうだ、三合目までは急登だから、もう一本折ってダブルストックで行こう。

 08:45
 三合目。
 ずいぶん汗をかいた。これで少しはしゃきっとしてきたかな。トレーナーを脱ぐ。

 09:55
 岩湧山山頂。周辺のキトラ(カヤ)は野焼きの匂いが残っていた。
 さて、槙尾山はどれだろう? レーダーみたいなのが山頂にあるのは、方角的にはどうも違いそうだ。標高も高そうだ。昭文社の地図では施福寺のところが485mになっている。緑青を吹いた屋根が見えているところがたぶんそれだとするとやっぱり違う。するとその左に見える高まりが山頂なのだろう。

 滝畑へ下る。僕はこの道もわりと好きだ。写真を何枚か撮っていたら、まだフィルムは残っているはずなのに巻き戻し始めた。しかも、途中で止まってしまった。「あちゃ〜」。
 どうも最初の装填のときからうまくいかなかったのが原因かもしれない。しょうがない。写真はあきらめてとっとと下る。
 滝畑が見える頃になって昨年の記憶がよみがえる。山道がいったん林道と出会う。そうそう、この道をここから下ったのだ。林道を横切って滝畑へ短い山道を下る。あの時はもう真っ暗で、ここでヘッドランプを点けたのだ。電池を落としたところだ。名前はわからないけれど黄色い花、水仙みたいな白い花が咲き乱れていた。

 11:00
 滝畑の売店のベンチでひと休み。さすがに疲れてしまったけれど、今日はこれからが本番なのだ。看板を見ると、槙尾山601mとある。そうか、やっぱり施福寺から少し登ることになるのだ。

 お茶を飲み。飴玉をくわえ、橋を渡って、よし行くぞ〜。
 登山口が分かりにくくて間違いそうになったけれど、地元のおじさんがやさしく教えてくれた。「槙尾山やろ? あの階段を上がって。すぐ道標があるから」と。
 見上げた感じでは急登が続くのかと思っていたが、ボテ峠でいったん下る。遠慮なく下る。再び登るが、番屋峠でまた下る。下りすぎるほど臆面もなく下る。ヘビがいた。一匹目は小さかったが突然現れた。落ち葉の色と区別がつかない。さぶいぼが出た。二匹目は大きかった。前を横切ろうとしていた。大きかったからあらかじめ分かったけれど、やっぱりさぶいぼが出た。はよ行って。
 お寺が近づくと、道脇にお地蔵さんがポツンポツンと立っていた。よく見ると、十二丁とか、三丁とか彫ってあった。きっとお寺までの道標の役目をしているのだ。先週の高取城址のように石垣があった。

 12:05
 槙尾山施福寺。お寺には売店があり、登山客も多かった。バス停の方から来る人もずいぶん多いようである。
 お腹もすいていたがコンビニで買った行楽弁当のおかずを肴にまずビール。弁当はおにぎりだ。塩がほどよく効いていておいしかった。

 ここで下りようかとも思ったが、やはり山頂を踏まないと画竜点睛を欠く。
 「なんや〜、山頂行ってないんかいな〜」なんて言われそうである。
 ところがどこから行ったらいいのかわからない。お寺の方に聞く。宿坊の横を裏へまわる。結構な急登である。尾根に沿って道はついていたが途中でどうも意図的に倒木で塞がれていた。そのまま行けば危険個所でもあるのだろうか。右に踏み跡らしきものがついていたが不鮮明だ。やっぱり、みんな山頂までは行かないのかもしれない。
 でも、話し声が聞こえているから何人かは行ってるのだろう。それにしても、つかまろうとする枝はポキポキ折れるし、顔には木の葉が邪魔をする。やっとのことで再び尾根に出たら道はしっかりついていた。ひょっとするとどっかで間違えたのかもしれない。

 13:10
 山頂には「捨身ヶ岳」の山名板と槙尾山600mの山名板があった。木の間越しにやや下ったところに岩場が見えた。見晴らしはよさそうだ。そこに人がいる。「蔵岩」の標識があった。岩場の練習ができるらしい。そんな話で盛り上がっている。
 僕は再び山頂へ戻り、施福寺とは逆の方へ下りることにする。
 あのややこしい巻き道に閉口したのもあるし、施福寺から下れば人も多いだろう。
 さいわいしっかりした道だった。「捨身ヶ岳」がもうひとつあった。尾根を下ると巻き道にぶつかった。三叉路である。
 これは右だな。そう思って歩き始めるとどうも記憶がない。この道を来た記憶がないのだ。おや? もういちどさっきの三叉路に引き返す。道標を見るとどうやら三国山へ行く道のようだ。おっと、これはいかん。で、左へ。この道にも記憶がない。ないけれど、三国山へは行かないのだから、こっちしかないはずだ。ぐんぐん下るうちに分岐に出た。やっと記憶のある道に出た。なるほど、ここへ出るのか。

 番屋峠の登り下りのあと再びボテ峠への登り。ここのベンチで小休止。のどが乾いてしょうがない。ぐっとお茶を飲む。ひとくちだけ残したが、山道ももうあとわずかだ。

 15:00
 橋を渡って滝畑バス停。バスは3時16分。ほどなくバスが来て、発車10分前位から乗りこむ。ここでの乗客は、僕と、おばあさん、母親、娘の三人連れである。娘さんも二十歳を過ぎていたろう。バスが来るまで川沿いの満開の桜見物だったようである。
 バスに乗る前に、娘さんが、
 「手、汚れてしもた。洗うとこない?」
 「水汲んどいたら良かったなぁ。そうや、お茶があるわ」
 なんだか、お茶で手を洗ったのだろう。バスの中で、
 「手がお茶くさいわぁ」
 「七十円分くらいつこたな」
 「たまにこんなところへ来るのもいいねえ」なんて話をしている。どうやら滝を見に来られたようだ。そうこうするうちに、なぜなんだか、母と娘は「♪しょ、しょ、しょしょじ、しょしょじの庭は、つんつん月夜だ、みんな出てこいこいこい」を合唱しはじめた。
 ところどころ歌詞がはっきりしないらしく、「今度ちゃんと覚えとかなあかんわ」

 僕は内心クスッと笑ってしまい、ほのぼのとした気分になった。「ああ、いい家族だなぁ」と思った。