天和山―郭公、束の間の愁眉を開くの巻 (Dec.28. 2002)

 大三元、四暗刻、国士無双なら何度か上がったことがあるが、天和、地和、人和はまだない。
 「はよ切りいよ」
 「おう、ちょい待って。あれ? 切るもんがないんやねん。あれ? これ上がってるんとちゃうか? あれ? 上がってるやん。天和やん。役満やんか〜。わりいねえ。16000通しぃ〜」
 なあんて超ラッキーな親の役満を一度上がってみたいものである。
 年毎に逼塞感の高まる昨今、この山の名前にあやかりたいものだ。
 ちなみに麻雀用語としての天和はテンホーと読んでいるが、この天和山は「てんな」と読むようだ。天川の天、和田の和、天川と和田にまたがる山の意であろうか。
 
 和田へ向かう車中、今回の山行記はこんな書き出しにしようなんて能天気なことを考えていたけれど、道に迷って往生してしまった。だから、ルートとしては参考にならないことをまずおことわりしておきます。


 冬休み初日。
 朝起きたのはすこし遅かったけれど、好天でもあり、いずれはと思っていた天和山。

09:50
 和田発電所への橋を渡るとすぐ右に小さな橋があった。天和山は地図的にはほぼ真っ直ぐだから、まずこの橋はパス。発電所の建物の横を少し登ると、真っ直ぐ行く道と左に登る道があった。真っ直ぐ行くと堰堤が見える。丸太の橋を雪に滑らないように渡って堰堤の横に出るとさらに道は伸びている。
 「これかな?」
 ずんずん歩くと沢に当たる。が、その先がはっきりしない。どうも違うみたいだ。

 引き返して左の山道へ。細いし雪のせいか不明瞭だけれど道にはなっている。鉄塔を二つくらいだったか過ぎると尾根に出る。定かではないけれど尾根上に道らしいものがある。小さな枝を払いながら歩く。雪の上には動物の足跡はあったが、靴跡はない。少し遅がけからの登りだしで踏跡がないということはきょうは一人だろう。

 道は正面の高まりを左へ巻いている。道幅は広くしっかりしていた。水平に巻く。左下には林道が見えた。やや下って巻き終えた頃沢に当たった。道はその沢に沿って登っている。つまり谷を詰めているのである。
 地図上ではずっと尾根沿いかと思っていたので「おやっ?」、そんな気持ちはたしかにあるにはあったが、この時点では雪の上とは言えちゃんと道があったし、上には稜線が見えているのだから間違っているという認識はまだなかった。けれど、詰めるに連れて倒木やら何やらで徐々に歩きにくくなるし、道そのものがあるのかないのか分からなくなってきた。まだ杉の植林帯であり切り株もたくさんあったので人は入っているはずである。

 だが、地図にある標準時間から考えればもう山頂に着いていてもよさそうな時間になってきた。ひょっとすると間違えたか? どこで間違えたんだろう? 左へ巻かずに、真っ直ぐ登る道があったのかもしれない。さらに詰めると、涸沢になった。岩やら倒木やらで先へは進めそうにない。しかし、尾根はすぐ上にある。いまさら引き返すわけにもいかん。やっと地図を見る。
 「そうか、これは天和谷を詰めているのか。破線とは言えルートからだいぶ左を歩いてることになる。でもこれを上がってしまえば、山頂はすぐのはずだ」

 谷筋から離れ急斜面をガリガリと植林帯の中へ入る。倒木や雪の下に隠れている枝で、しかも急斜面で歩きにくい。あっちへ行き、こっちへ行きしながらようやっと尾根に出た。
 きっとこれが登山道なのだろうと思ったけれど、人が歩く道にしてはどうも障害物が多いし、急登の箇所では果たして道なのかどうかも分からなくなってきた。
 それでも、真っ白く雪が付いた山頂部はすぐそこに見えている。いったん緩斜面に出ると正面のピークを左に巻く道があった。なるほど、左に巻いて尾根に出て右に登り返すのか。尾根と合流するあたりで赤いテープがあった。振り返ればずっとテープのない道を歩いていたのだ。天和山から栃尾よりの尾根に出たのだろう。右へ登り返す。すぐピークがあったが標識はなかった。さらに正面に高いピークがある。きっとそれだろう。
 尾根に沿って笹の道を登る。ズボンには雪がびっしりと付いている。雨具は持ってきたけれど面倒だ。

 ひょいっと草付きの斜面に出ると、大峰山系がバンと望まれた。まるで別天地だ。
 まずは、ピークへ。天和山かどうか確かめなければ。山名板がいくつもあった。そのどれにも「天和山」とあった。

12:50
 「ふう、やっと着いた」
 3時間かかった。さっきの草付きの斜面に戻り、昼食。
 風はないし、陽当たり良好、青空のもと、正面には冠雪の大峰山系が一望できる。最高の眺めである。
 弥山、八剣、明星、下って舟ノタワ、仏生、手前は七面、その右が釈迦。弥山からぐっと左のとんがりは頂仙だろう。枝に隠れているあたりが稲村だ。大日の尖がりが見える。するとそのさらに左が山上ヶ岳になる。
 DOPPOさんがいつも言っていた。
 「天和山からの大峰の眺めは最高でっせ」と。
 なるほど本当にそのとおりだ。
 束の間ながら「愁眉を開く」とはこのことか。世事一切から解放される。

 栃尾の方へ下りる予定だったが時間もだいぶ遅れたし、途中で迷えば日が暮れてしまう。無理はできない。ふたたび山頂へ上がり尾根上の「正規」のルートで今度は間違わないように下りよう。

 30分ほどで川瀬峠。10mほど手前に右へ下りる道があった。細いけれど地図にある道だろう。テープもあった。目を凝らしながらジグザグに雪の中を下りる。平坦な巻道になって正面に倒木があった。その手前にいささか古くなったテープがあった。
 さて、どっちへ?
 倒木の先はどうも道らしくない。
 なんとなく右へ斜面を下るような感じである。下りてみると途中からあやしくなった。これは違いそうだ。下に沢の音がするけれど下りきって迷ったら大変だ。いったんテープまで戻る。倒木をまたいでみる。木の間にちょうど人が通れそうな隙間があった。それを下りてみるがこれまたあやしい。またテープまで戻る。おかしい。やっぱり先ほど下ったところだろうか? ルートを変えて下りてみる。でも違うと思う。おかしい。また上がり、もうひとつ手前のテープまで戻ってじっと周りを見ても道らしきものはない。と言うことはここまでは間違いはないと思う。だけど道らしきものがない。もう一度倒木をまたいで斜面を下らずにその先まで行ってみよう。雪が付いているから道なのかどうなのかよく分からないのだ。それで道がなければ川瀬峠まで引き返そう。倒木をまたぎその先の緩斜面をぐっと登ると、「あった、あった」。ようやっと道が見えた。「ふう。一時はどうなることかと思った」
 あとは迷うこともなくずんずんと下った。

15:00
 軽快に下りて小さな橋を渡ると発電所に出た。
 「なんだ、一番最初にこれとちゃうやろうと言ってた橋じゃないか。そうだったのか。これを登るのだったか」
 
 円さんによると、じつはこの道も「正規」のルートではないらしい。川瀬峠からさらにすこし西へ、滝山側へ行ったところにちゃんとした道があるとのこと。
 なかなか「天和」なんて超ラッキーな具合にはいかないようだ。