孔雀尾根 (June 8/9, 2003)

 孔雀岳は、東側から見ると大峰の主稜線上にまさに鳥のトサカのようにほんのわずかだけ盛り上がったピークであり、仏生ヶ岳側、釈迦ヶ岳側に延びている稜線がちょうど羽根を広げているように見えなくもない。とすると、孔雀岳からやや仏生よりの小ピークから東へ伸びている尾根は孔雀の背骨ということになろうか。手元の地図ではこの尾根には名前がない。ここでは便宜上、孔雀尾根と呼ぶことにしよう。
 大峰山系はいわゆる修験道の山であり、仏教あるいは密教に関連する山名が多く、孔雀岳もまたその山容が孔雀明王を連想させたものかとも思われる。

孔雀岳 孔雀山頂

 この孔雀尾根は、奥駈からいったんがくんと下って、p1551、p1477.6、p1213、p1099.7(小峠山)といくつかのくるぶしのような突起を経て、小峠山から水尻へ、一方は前鬼へ分岐して白川、池原貯水池に没して終焉する。隣の仏生への大黒上尾に比してかなり長大な尾根である。
 非力な僕にはとても無理だと思うので、今回も十郎山からp1477.6、そこから孔雀尾根を奥駈へ向かうことにする。こちらのほうが距離的にはやや短い。
 問題は、十郎山をいかにスムーズに何事もなく抜けきれるかだ。
 今回は前回とは違う登山口から登ってみよう。「あそこからならたぶんすんなり行けるのではないか」と目星をつけているところがあるのだ。

 要点を先に書いておくと、奥駈まではわりとすんなりと登れたと思う。奥駈に出て雹混じりの大雨。雷も鳴った。そして、翌日の下りで迷った。何度も確認できる地点まで登り返した。登りは5時間だったけれど、下りは7時間近くかかってしまった。下りの難しさを痛感した今回の孔雀尾根だった。


6月8日(土)

 林道に入りトンネルを抜け、その登山口に着く。「そうそう、ここここ」。
 念のためにもう少し先まで車を入れてみる。岐阜ナンバーのどうやら沢をやるらしいパーティと出会った。
 この先にも取り付き点があったけれど、引き返して当初の予定のところから登ることにする。

08:20
 多少傷んでいる木のはしごを上ると道は案外しっかりしていてほどなく尾根に出た。野生だろうか、山椒があちこちに生えていてその強い香りが漂う。尾根は一度伐採されたのか、低木だけで見晴らしはよく明るかった。
 けっこう急な尾根で道はジグザグに付いていた。前に脚立みたいなはしごがあった。鹿よけなのだろうフェンスで仕切られていて、それをを跨いでいる。
 さらに登るとまたもやフェンスだ。
 「あらら。行き止まりか?」
 フェンスに沿って尾根を横切ると一ヶ所なんとか跨げそうなところがあった。そこから道も付いているようだ。
 「よっこらしょ」と跨いで杉の植林帯を抜けるとまた低木の急斜面になった。道は踏跡程度であったが赤テープも散見された。上を見れば主尾根はもう近い。山椒や茨の間をごそごそ抜けているとトゲがあちこちに刺さる。
 「痛いっちゅうに」
 おかげで両腕にずいぶんかすり傷をいただいてしまった。

 ようやっとしっかりした尾根に出た。これが十郎山への主尾根のひとつであろう。これに従えば山頂に行けるはずだ。
 この主尾根に出たところでテープを巻く。下りの時のマークである。

 急登を過ぎると平坦な道になった。地図で確認。なるほど、ここを今歩いているのか。
 この尾根に沿って登るだけだから登りで迷うことはない。あたかも一本道のように見える。
 
10:20 十郎山山頂。
 ちょうど2時間で来れた。
 前回の3月2日の時と比べるとずいぶん緑が増している。浅い鞍部に下りて石楠花の森を抜け、p1477.6への尾根に出る。

11:50 p1477.6。
 ここで昼ごはん。
 大台の方から雷が聞こえてきた。
 p1477.6を過ぎると尾根の南側はトウヒの森。北側はブナやヒメシャラと植生が明瞭に分かれている。
 p1551へ向かう頃、弥山の方でも雷が聞こえてきた。尾根上には岩場が目立つようになり右に巻き道が付いていた。ふたたび尾根に出るとなにやら尾根上にも道があるような感じである。

13:35
 急登を詰めると稜線に出た。大きな岩場の横をこの稜線を跨ぐと左へ道が続いている。ここにもテープを巻く。ほぼ平行な道から、さらにぐっと登るとついに奥駈道と出会った。
 思ったより早かったし、思ったより楽だった。それに思ったより仏生側により近いところに出てしまった。この合流点にもテープを巻いておく。
 この頃からついに大粒の雨になった。どうやら雹混じりである。雨具を着け、ザックは木の根において空身でまずは孔雀岳へ。
 鳥の水を過ぎたところで雷鳴がとどろいた。「おっとこれはいかん」
 身を低くして引き返し鳥の水のくぼみに隠れた。
 煙草に火を点けると雨だれが濡らす。
 それほどひどい雷でもなかったけれど、思い出したように何度も雲の上をごろごろと渡っていった。
 結局煙草を2本吸って、20分くらい座っていたろうか。なんとか収まったようである。

14:20 孔雀岳山頂。

 ザックを取りに引き返し、トウヒの倒木帯で今回もテントを張ることにする。
 ポリタン、空いたペットボトルだけを持って再び鳥の水へ。

雨上がり 大普賢


 テント場に帰るころはもう青空が見えていた。
 濡れたザックや雨具を干しておこう。


6月9日(日)

04:50 起床。快晴。すでに日は昇っていた。
 夜中に雨が降ったのかテントは濡れていた。
 郭公が啼いている。

 きょうはもう下りるだけだ。急ぐこともない。テントを拭き乾くのを待つ。
 お茶は500mlのペットボトルに2本。登りが5時間だったから、下りは若干早いだろう。昼前には下りれるだろう。ポリタンにあと500mlほど水が残っていたが、「要らんやろう。重いだけだ」と地面に返してやる。

06:20
 さあ、帰るとするか。
 奥駈を引き返し昨日の赤テープを右に入る。
 ぐっと下って平行な道に沿って右に歩く。(今から考えると、ここで右に歩いたのが間違っていた。左に行かないといけなかったのだ)
 もっと下っても良かったがいずれその道と合流するはずだ。

 人の歩いた道なのか、鹿の道なのか定かではなかったけれど、とっても静かな落ち着いた道だった。奥駈道とはまたひと味違っていて、「こんな道を一人で歩けるなんて」と内心喜んでいたのだが、ガレを二つほど横切るうちに、「こんなところは昨日は歩いていないはずだ。時間的にももう尾根に取り付いていないといけないはずなのに」と若干不安が脳裏を掠める。しかし道は付いている。笹の斜面まで来たところで視界が開けた。
 「あれ? 尾根が見当たらない。おかしいな。やっぱりこれは間違ってるで」
 引き返したほうが良さそうだ。振り返ると、大普賢が見え、右に尾根が走っている。
 「そうそうあれを下りないといかんのや」

 尾根が近づくあたりまでほぼ平行に巻き、道に従っていったん登ると、やっと昨日テープを巻いた大きな岩の稜線に出た。
 「そうか、きょうは昨日と稜線の反対側の道を歩いていたのか。やっと孔雀尾根を下れる」

 p1551前後は尾根上に岩場があり、その岩場に立つと屏風岩あたりが見渡せた。
 厚かましく尾根に沿ったせいか巻き道への分岐を見落としてしまった。岩のすぐ下を左に巻こうとするととんでもなく急斜面である。途中まで下りかけたがいくらなんでもこれはやばい。再び戻ると右側にうまく通れる道がついていた。
 一本道のことであり、考え事をしていたのかもしれない、途中で、
 「あれ? こんな道昨日通ったかな? ひょっとするとp1477.6を見落としたのかもしれない。とするとこれは小峠山へ下りているのかもしれない。こらあかんで」
と、記憶のあるところまで引き返す。途中、p1477.6の標識があるかもしれないとピークを通るたびに気をつけてみたがそれらしいものはなく、記憶のある地点まで引き返して、結局間違っていないことがわかり、再び同じ道を下る。じつはこれと同じことをあと3回やってしまうことになるのだ。

09:00 p1477.6
 こんなところで珍しく人に会った。昨日の朝見かけた沢ヤさんたちだ。岩屋谷を遡上してきた、これから釈迦ヶ岳へ行くのだと。

 このp1477.6で十郎山への、渡り廊下のような尾根を取る。何度か曲がるけれどもそれは問題なく行けたが、十郎山への分岐でまたもや迷ってしまった。分岐を見過ごして行き過ぎたのではないか? でもって再び見覚えのあるところまで引き返す。結局これも行き過ぎていたわけでもなく「やれやれ」って感じでまた同じ道を下ることであった。

10:40 十郎山。
 さて、あとわずかだ。
 昨日と同じ道を下ると、少し前の尾根からバタバタバタと山鳥だろうか、飛び立って行った。びっくりするやんか。すると今度は尾の長いキジが助走して低く飛んで行く。

 平坦な尾根を歩き、ぐっと下っていよいよ主尾根から支尾根へ移るあたりに差し掛かったがどうやら行き過ぎたらしく、道らしいものはあるにはあるが昨日とはちがう。いったんテープまで引き返す。
 「うーん。テープがあるのだから、この下からも下りれるんじゃないかな。どうする?」
 「よし」と覚悟を決めて、道らしきものはあるのだからと茨のトゲがちくちく刺さりながらも急斜面をズリズリと下っていくととうとう崩落箇所で行き止まってしまった。
 「あちゃー。こらいかんわ。どうする? この崩落をトラバースするにはかなり危険だ。危険だし向こうへ渡ったところに道があるかどうかもわからない」
 引き返した方が正解だ。またもや主尾根に戻り、さっきの赤テープよりまだ上まで戻ることにする。
 「だいたい、僕自身が巻いたテープが見当たらないんだよなぁ。尾根を間違えてるんやろか? 尾根に出たところで巻いたはずやから端っこにあるはずなんだけど」
 お茶はもうあとわずかしか残っていない。ひとくち喉を潤す。ポリタンの水、捨てなければよかった。
 「やれやれ」
 煙草を吸い、気持ちを落ち着ける。すると、
 「あった、あった。あれだ」
 僕が巻いた赤テープが見つかった。
 「あそこから登ったんだ。良かったぁ」
 自分の巻いたテープで助かった。

13:20
 林道。