剱岳―北方稜線 (Aug.12/15, 2006)


剱から北方稜線を経て池ノ平小屋へ


 梅雨のまだ明けぬ七月下旬、山童子さんから剱岳北方稜線のお誘いをいただいた。
 偶然にも二日ほど前、『岳人』のバックナンバー1996年7月号の巻頭にこの記事があり、斜め読みした限りだが、僕にも行けなくもなさそうにも思えたのだ。
 しかし、どれで読んだか定かではないが、岩場の技術が必要なことも読んだ記憶があり、それがインプットされていて、僕の範疇ではないのでとくに検討したこともなかったのである。
 僕に行けるだろうか? 行くとすれば山童子さんと一緒ならこの上もなく頼りになる。
 ありがたい機会だ。この際、身柄を山童子さんに預けてみよう。
 ネットで記録の幾つかを読んだ。まず装備。ヘルメット、アイゼン、ピッケルが要る。ヘルメットは新調した。12本爪のアイゼンとなると重登山靴を履くことになる。ハードなコースなのにいろいろと重たい荷物である。でも仕方がない。装備だけでもしっかりしておかないと余計なことで迷惑をかけてしまいかねない。

 同行予定の山童子一家のみなさんとも先日蔵岩でお会いした。さすがに岩場は腰が引けたが、一家のみなさんにとってはどうと言うこともなさそう。
 天候は初日は怪しそうだが、二日目以降はまずまずのようである。
 と言うわけで8月11日(金)、夜10時、予定通りに待ち合わせて立山へ出発した。
 参加者は、山童子さん、なごさん、芋焼酎さん、パパさん、郭公の5人。

8月12日(土)

地獄谷にて

 早朝、立山駅着。駅前駐車場は満杯。川原の臨時駐車場で仮眠。
 6時頃出発。ケーブルカー、バスとシステマティックに室堂まで。1997年の梅雨明け以来だから9年ぶりである。
 室堂前の湧水を汲み、地獄谷から雷鳥沢、新室堂乗越、尾根に沿って剱御前へ。
 新室堂乗越で雨になり雨具を着けた。剱御前ではガスに包まれた。
 時刻はまだ早いが、明日がメインの剱―北方稜線であるから、きょうは剣沢でゆっくりしよう。別山もパスして剣沢へ下る。
 パパさんは別山山頂で小石を拾って来ると。山頂の石をコレクションされているとのことである。
 剣沢の下りで大雨、雷、強風。自然と足が早くなる。急ぐ余り、左ひざを岩にぶつけてしまった。「痛い痛い」
 設営を済ませて飲み始めると、いつの間にか眠ってしまったようだ。
 雨はほどなくやんだらしく、
 「雨上がりの剱はよかったで〜。あんたは爆睡しとったけど」

 三人用テントに山童子さん、芋焼酎さん、僕。二人用になごさん、パパさん。
 夕食時もまた飲む。
 朝は三時起床。四時過ぎに出発予定である。

8月13日(日)
 朝食、撤収後、ヘッデンを点けて予定通りに出発。
 剣山荘は建て増し中だった。
 一服剱を経て前剱で一本。

06:25 前剱 0745 タテバイ(撮影:なご氏)

 予報どおり雲は徐々に切れて快晴模様になってきた。
 まだ早かったがタテバイでは少し待たされた。
 山童子さんをはじめ、芋さん、なごさん、パパさんは岩に慣れているせいか飄々としている。随所で笑わしてくれる。
 重い荷物でやっとこさタテバイを通過。

08:30 剱岳山頂 集合写真

08:15 剱岳山頂。快晴。9年ぶりの山頂だ。

鹿島槍

 早い時間だったが山頂は満杯状態である。
 八ツ峰の向こうに後立山連峰、すぐそれとわかる鹿島槍が見える。
 軽く行動食を摂り、山童子さんからオレンジのおすそわけ。
 いよいよ北方稜線に踏み込む。僕はヘルメットを被った。
 「北方稜線:この先キケン。一般登山者は入らないでください」の看板がふたつもあった。
 まずは剱岳本峰を下る。溝の中の急降下。いったいどう下れと? 
 なんとか下って次ぎは長次郎の頭への登り。先の四人のパーティ、ルートを探し中だった。
 取り付きが5mくらいの岩の登りである。なごさん、パパさん、芋さんはさっさと登り、僕の番になった。
 「登れるかな?」
 ラストの山童子さんが上に、
 「ロープを出して、郭公さんを肩がらみでビレイして」
 と声をかける。ブーリンで結び、
 「では行きまーす」
 取り付いて直登すると岩がかぶさっていて、右に少しよけなければならない。その地点で滑ったらアウト。
 ロープのおかげで難なく登れた。自力では無理だった。
 山童子さんがラストをいつの間にか登ってきて、なごさんと直登か巻くか協議。巻いた方が楽なようだ。バンド状の棚を歩けるようだ。
 眼前には八ツ峰、その下に雪渓。目を凝らすと、八ツ峰には人が取り付いている。雪渓にも人がいた。
 初めて見る岩山の数々。

09:00 09:05
09:50 10:00

 「ホールドはあるから危ないことはないが、長次郎の頭からの下りは高度感があるからそれをうまく行けるかどうか」と山童子さんはおっしゃっていたが、緊張して通ったせいか怖さを感じることはなかった。

10:05 こんなところを通っていた。緊張のためか怖さはなかったが。(撮影:なご氏)

10:35 池ノ谷乗越

10:20 池ノ谷乗越へ下る。チンネ。 10:35 池ノ谷乗越。正面は小窓ノ王。
10:40 池ノ谷ガリー 12:10 池ノ谷ガリー。あんなところを下ったのか。

 正面に小窓ノ王が見える。
 ここから池ノ谷ガリーを下る。ガラガラの急斜面だ。記録等では落石注意とある。
 山童子さんは「落石よりはよ歩いたらええねん。昔は走って下っとったで」
 芋さんは「ガラガラに乗ってスキーみたいに滑って下りたらええんとちゃう」
 落石に注意したつもりで下ってもどうしてもガラガラと落ちてしまう。いっそのこと芋さんが言うようにそのガラガラに乗って下ってみようとしたがとんでもない方向に進んでひっくり返りそうになった。
 ガリーを下りきると三ノ窓。テントがふた張りあった。南斜面は三ノ窓雪渓である。
 鞍部で昼食を兼ねて大休止。
 雪渓から水が取れる。ポリタンとコッヘルを持って汲みに行った。
 雪渓の断面から数条の水が落ちている。ひとつにポリタン、ひとつにコッヘルを据える。
 コッヘルに少し溜まるとごくごく飲んだ。それを何度も繰り返した。
 長くかかって2Lを汲み引き返すと、三ノ窓雪渓を登る三人の方。

11:40 ほな行きまっせ〜。
 小窓ノ王の岩壁に沿って急傾斜の道を登る。先ほどの三人が上を登っている。落石がある。
 「上へ行くまで待って〜」
 声がかかる。
 道にはロープが付いていたが、登りきる直前の急斜面では這いつくばってどこに手をかけ足を乗せたものか往生した。滑ったらはるか下の谷である。

 ようよう肩まで登りきるとあとはハイマツの中。
 「危険地帯脱出でっせ」と山童子さん。

 ハイマツ帯から草つきの斜面を下ると数人のパーティ。
 剣沢をベースに雪渓を下り僕たちの逆方向で剱から剣沢に下ると。
 時間的には大丈夫だろうか。

12:30 雪渓のトラバース 13:10 二本目の雪渓トラバース

12:30 さらに下ると問題の雪渓のトラバース。たしかに急斜面だ。
 わずか10mから20m足らずだと思うが、このためにアイゼン、ピッケルを持ってきた。
 12本爪のアイゼンはさすがによく効きなんと言うこともなく対岸へ。直前の雪渓の切れ目ではいったん溝に降りてピッケルを刺して体を引き上げた。

13:00 雪渓のトラバースはもう一箇所あった。雪が少ないときは高巻くらしいのだが、今年ははるか上まで雪が残っている。
 同じくアイゼンを履く。
 道は少し下に付いているようだ。草つきの斜面で天候が悪ければ迷ってしまいそう。

13:50 小窓。ひょうきんな人たち。(^O^)

13:50 ぐんぐん下って小窓へ。
 稜線沿いに池の平山へ登って小屋へ下るか、小窓雪渓を下るか。当初の予定通り雪渓を下る。
 山童子さんはグリセード。なごさんはシートを引いて滑ろうとするが、小窓雪渓は斜度が緩やからしくうまく滑らないようだ。僕はとぼとぼと歩く。

14:15 小窓雪渓 14:35 ここから巻道へ。

 巻道に戻りほどなく池の平小屋が見えた。道はほぼ平行に巻いているようだ。やっと今回の山行の核心部が終わろうとしている。

15:00 その巻道で一本。
 「着いたらプシューやで〜」
 缶ビールを開ける音である。
 テントを設営後か、着いたらまずプシューか、議論がかまびすしい。
 どんな結論だったかよく覚えていないが、なごさんとパパさんの早いこと。あっと言う間に見えなくなった。

15:30 小屋に着いたら有無もなくまずプシューだ。
 「カンパーイ。お疲れさんでした〜」
 ビールがうまい。

 核心部を終えた安堵、時間もある。設営後、宴会モードである。
 山中三泊だから僕も焼酎を500mlX2持ってきた。
 飲みながら晩御飯の準備。みなさん話題が豊富だ。
 小屋番さんが何度も「風呂に入れ」と勧めてくれる。裏剣大展望露天風呂である。
 芋さんが「ほなはいろか」と。「なかなかええで」。
 山童子さんが「ほなオレも」と。「うん、よかったで」
 「じゃあ、僕もはいろか」
 ひとりしか入れない五右衛門風呂だが、野趣たっぷりである。裏剣大展望露天風呂に間違いはない。風呂の中に腰掛けられるようになっていて、汗を流しながら八ツ峰に目が行く。
 体を温め汗を流すだけでも疲れが取れる。ありがたかった。
 なごさんとパパさんは飲むのに忙しそうだ。
 明日は阿曾原までだから出発はゆっくりでいい。八時の予定。
 僕はヘッデンが要らないうちにシュラフに包まったが、宴会は遅くまで続いたようである。




池の平小屋から欅平へ