弥山川双門コースから八剣へ直登
 (Sept.10/11, 2005)


 弥山川は僕の範疇ではないからとずっと遠慮申し上げている間に、仲間内でも二人、四人、六人と経験者が現れた。記録を読み、会えば話も聞くけれど、それでもまだ行く気になれないでいたのだった。
 この夏、二年ぶりの北アルプス。槍・穂の岩稜を眺めいろいろと刺激を貰って帰ったことがたぶんに影響していたのかもしれない、ようよう僕もこのコースを考え始めたのだった。
 前回の8月27日、そのつもりで出かけたのだが、肝心のコース、予定を変更した。
 帰路、車に乗せてくれたおぢさん、「20年前から通行禁止だけれど、行けるよ」。われらがせきやん「そのとおり」。そして山童子さんから、「桟橋は落ちてますが巻き道がちゃんと出来てますので問題ないとおもいますよ」と具体的に助言をいただいた。

9月10日(土)
 3時前に目が覚めた。とくにきょう行くつもりだったわけではないが、これこそ天啓かもしれない。ザックは前回のまま。お茶だけ詰めて、さっそく出かけることにした。
 コンビニで食料を調達。熊渡に着いたのは5時だった。まだ暗い。日が短くなったことを痛感する。
 パンを食べているともう一台。車を降りて、「山?釣り?」「山」「ってことは」「双門コース」「じゃ、同じですね」

05:20
 「お先に」と、ひと足先に出たものの、「カメラ忘れた」「車のキーは?」と二度も往復する始末で結局彼ら(二人)が先を歩くことになった。
 以後、このお二人とは、狼平まで抜いたり抜かれたりを繰り返した。もっとも僕が抜くのは、彼らが休憩中のときだけれど。

弥山川入口。さあ行くぞ。やや緊張。 06:30 ここから左の山道へ。

06:15
 林道を下りて伐採木を跨ぎ河原に出る。さあ、いよいよだ。
 河原沿いに歩き山道に入る小さな滝のところで休んでおられたので、声をかけて先に歩く。すでに何度か歩いた経験があるとのことで余裕のよっちゃんである。
 テープもあり踏跡も付いていたから山道で迷うことはなかったが、それでもじっと見回さないと良くわからないところもあった。
 ほどなく追いつかれて、
 「どうぞお先に。なんせこっちはどっちへ行ってええのか、道を見い見いやから」
 「それが楽しいんですよ」

橋の崩落。 右の段々をへつる。

06:50
 橋の崩落箇所である。どっちへ行ったものかと見回すと上に橋が架かっていた。
 再び沢に下り、対岸へ渡る。飛び石になっているが滑りそうな予感である。滑ればドボンと水にはまる。
 わずかに下流の浅瀬を渡った方がよさそうだ。と、思ったより深くて靴の中まで水が入った。「やれやれ」
 沢の経験がないから濡れることに慣れていないのだ。
 
07:20
 写真でよく見る岩場のへつり。それはどうってことないのだが水かさが増しているのか次に乗せる岩では水をかぶりそう。仕方がない、これまた水の中に足を入れた。一箇所攀じるところがあったが足を乗せるところが見あたらないので左の岩に登って通過した。

二ノ滝、三ノ滝 いくらでも続く鉄ハシゴ

07:35
 滝が二段に落ちている。足元の岩場は濡れて滑りやすそう。
 吊り橋で二人が休憩中。
 「これが二の滝、三の滝。この上に一の滝がある」と。
 ここからハシゴの連続らしい。
 ハシゴそのものより、僕には足元の滑りやすさが気になった。水を含んでいるせいか沢道も山道も滑りやすく、転んだら危険である。じつは一箇所、木にけつまづいて転んでしまったのである。「あっ、落ちる」。道に沿って谷側に横たえられた丸太で口元を痛打した。その丸太を掴んで滑落はしなかったけれど。
 それにしても、登る、登る、ハシゴを掴んでぐんぐん登る。

The 双門の滝

08:55
 双門の滝。「これが双門の滝かぁ〜」
 二人も余裕で休憩中である。
 「ふう、まだ登るんかなぁ」
 「うん、もうちょっとね」

 若いお兄さんがテント撤収中。天川のユースに泊まり、R309を歩きとおしてここまで登り幕営したのだと。この青年とは後にまた会うことになる。
  
 木の根を掴みながらの急登である。先行の二人が右から左へ行くのが見えた。そこまで行くと道は左である。「おや? 何でやろ?」右に行ってみると碑があった。遭難碑だろうか?

稲村ヶ岳

09:35
 さらに登ると展望のいい尾根に出た。金剛、葛城山がよく見えた。稲村ヶ岳も見える。その高さから推すとここもずいぶん登っているように思われる。この尾根を伝えば迷ヶ岳までそんなに時間はかからないようにも思える。地図ではこの迷ヶ岳のすそを巻くように点線は付いているけれど、じっさいはかなり登っているような気がした。
 「ここから河原小屋への下りです」
 さっき休んだところだったから先に下りることにする。
 鎖の付いた急斜面。足元は滑りそう。鎖を持って足元を確かめながら下った。
 ふだんはなるべく鎖には頼らないようにしていたが、そうも言ってられない。鎖のありがたさを痛感した。
 追いついた二人は「先で水浴びしときます」と。

青流 弥山川 河原小屋

10:05
 道はいったん沢に下りる。青々とした水だ。なるほど確かに絶好のポイントである。
 二人は水に入り、「う〜冷たい」などと楽しんでいる。
 僕はタオルを濡らし顔を拭く。僕もゆっくり一本取って先に行くことにする。

10:40 河原小屋
 山道を下って左に折れると小屋が見えた。河原小屋である。
 沢ではお兄さんがひとり黙々と石を動かしていた。
 飛び石を作っておられたのか、水流を変える堰だったか?
 難なく対岸まで渡れる水量だが増水すると小屋の中まで浸かるのだそうだ。
 このコースを歩かないかぎりまず人には遭わないところで、小屋に泊まり補修作業をされておられる。
 「ここから先は長靴の方が早いで」とおっしゃるが、とてもとても僕にはそうはいかない。 
 沢を遡上し山道に入り、沢に下り、対岸に渡り、山すそを巻き、再び沢に下り、対岸に渡りというふうにルートファインディングにはかなり神経を使った。

巻きハシゴ直下。大休止。あとわずかだ。

11:40
 オーバーハングぎみの岩にハシゴがぶら下がっている。
 ここまでは以前、仲間と狼平から下ったことがある。
 「ふう、やっとここまで来たか」
 ここで大休止。
 岩に腰を下ろし、水を飲み、タバコをくゆらす。
 このハシゴを登り、岩に突き出た横ピンを踏みながらトラバースすれば、狼平まであとわずかである。
 もう一本くわえ、衣服を直していると下にあの二人が見えた。
 「やあやあ、もうちょっとですね」
 「そやね」
 二人は休まずすんなりと登って行く。
 
 では、僕も行くか。
 ぶら下がったハシゴに取り付く。一段一段慎重に登り、横ピンをトラバースし、山道を巻き、沢に下りる。また山道に入り、沢に下り、左に曲がるとあの狼平の橋が見えた。
 「ふう、やったぞ。オレにも来れたぞ」
 橋の向こうの沢ではすでに二人は昼食の準備中である。
 靴を濡らさないためには橋へ上がった方がよいけれど、いつだったか円さんが「橋の下を潜って」と書かれていたのを思い出した。でもそうするには一瞬でも水の中を歩かなければならない。すでに靴の中は濡れている。「かまうものか」とざぶざぶと歩いた。

狼平。とうとう、やった。率直に言ってうれしかった。

12:25
 狼平着。
 「ついにやりました」
 「お疲れさん」
 涸れ沢へ降りて6時間10分。緊張が続いたせいか時間の長さは感じなかった。
 靴を脱ぎ、靴下を絞り、二人のそばで僕も昼食。
 僕はコンビニ弁当だけれど、二人はコンロ持参でなにやら調理中である。
 けっこう楽しんでおられる。

 僕はこれから前回と同様、沢を伝い尾根に上がり八剣へ直登の予定である。
 弥山川ルートを直登し八剣へ。これをやりたかったのだ。
 「じゃあお先に」
 「どうもありがとうございました」
 「こちらこそ、ありがとうございました。おかげさまで安心して登れました」

 今回は沢の合流点から右の明星側の沢を少しだけ遡上して尾根に取り付いた。


14:15 八剣山頂。
 涸れ沢からちょうど8時間かかったことになる。

明星尾根

 下山は、明星尾根から日裏山を経て高崎横手まで。
 歩きやすいいい道が付いていた。
 昨年の四月、DOPPOさんとトップリ尾から日裏山を経てこの明星尾根の倒木帯までは来たことがある。その倒木も道の幅分はきれいに掃われて穏やかな道になっていた。浅い鞍部に降りて登り返すのだが、それと気づかないままトラバース気味の道を登ると日裏山の尾根の端っこに出てしまった。
 道は日裏山の南側を巻いていて、高崎横手までも穏やかな山歩きだった。
 トップリ尾へは、尾根通しで行けばいいのだが、藪藪していた。


15:35 高崎横手
 微妙な時刻になった。がんばれば、明るいうちに林道まで降りれそうだが、じつはヘッドランプを忘れてきた。下山を急ぐあまりアクシデントでもあれば大変。テントはあるのだから泊まることにしよう。ところが水がない。途中で汲むのを忘れていたのだ。
 狼平へ下る手前にも水場はあるからそこで汲んでくればこの平坦地ならどこでも張れる。
 あるいは、水を汲んだあと下れるだけ下ってもいくらでも幕営地はある。
 どうしようかと思いつつ、結局狼平まで戻って幕営することにした。
 安心なだけではなく、誰かに会うかもしれないという人恋しさもあった。

 狼平に着いたのは4時前だったか。橋の上から一人見える。どうやら、双門の滝で幕営していた青年である。お食事中。山盛りのご飯だった。途中で食べる機会がなかったそうである。ここに泊まるのかと思ったら、これから弥山のテン場まで行くのだと。
 どうやら大峰は初めてらしく、
 「どんなとこかな〜と思って来たんですよ。はじめは山上から大普賢、弥山と歩いて双門コースを下るつもりやったんですけど、ここは登った方がいいって言われて」
 「そらそやろ〜」
 唖然を越えて感嘆してしまう。
 僕は、ポリタン、ペットボトルに水を汲み、弥山への階段に腰掛けた。
 「僕は、まあだいたい大峰・台高は歩き回ったつもりやけど、この双門コースが最後に残って、きょうようやく初めて登ったんよ」
 「大峰のコースってこんな危険なとこばっかりなんですか?」
 「ちゃうちゃう。ここが一番危ないとこ。あとは楽勝やで」
 予定では、弥山、行者還、大普賢、山上と歩いて洞川に下山する、と。
 テント場および水場についてやり取りをする。
・弥山と八剣の鞍部からやや谷に下ると沢の源流部
・行者還、ただし6月には涸れていたから、あるかどうか? 
・小笹宿
 行者還が涸れていれば、弥山から幕営分の水も運ばなければならない。小笹宿まで行ければ水はあるが、さて、行けるかどうか。

狼平。無精してテントの中から撮った。

 僕はテントを張りお湯を沸かした。
 階段を登る足音が聞こえる。
 「ほんま気をつけて」

 狼平は僕一人になった。
 あれこれと取りとめもない思いに包まれて焼酎を飲んだ。一泊にしては多いかなと思うくらいの量だったけれど飲みきってしまった。ご飯も食べて、即爆睡。

 深夜目が覚めると満天の星だった。明日も晴れそうだ。白鳥座のようにも見えるが自信はない。


9月11日(日)
05:30 起床。
 ありゃ? 雨と言うより雨粒がぽつぽつとテントを叩いている。雨になるの?

 いつもながら寝起きは何から手を付けていいかうろうろしてしまう。
 まずは一本。冷ましておいたお茶をペットボトルに。まあ、シュラフを収納すれば半ば片付いたようなものだ。
 ラーメンを作り、きのうの残りのご飯を入れる。

 さいわい雨具を着けるほどでもなさそうだ。
 沢で水を汲んだ。

06:50 では帰ろう。
 高崎横手から頂仙岳を巻いてさらに下り熊渡へ。

08:45 林道終点。
 天川川合の交差点で豆腐を二丁。