西穂、奥穂、北穂―同級生Kと32年ぶりの邂逅
(Aug.25/27, 2006)
8月25日(金)
朝5時半、自宅を出て昼頃新穂高温泉に着き、軽く昼食。ロープウェイを下りて、一時間ほど歩き、14時40分に西穂山荘。1993年の夏、一度来たことがある。
テント場は空いていた。二段になっていて、とりあえず下の段にザックを置きテン泊の受付へ。上の段の方が見晴らしがよさそうだ。ザックを抱え上の段に設営。
明日が核心部の西穂から奥穂だから、さっそく飲み、ご飯も食べいつでも寝れる状態である。
天候は晴れ。まだ明るい。向かいの山は霞沢岳か。小屋の喧騒が遠くに聞こえる。
西穂テント場。右下は高校の同級生Kのテント。32年ぶりに遭った。 |
16時を過ぎ17時前だったか。
「隣に張りますよ〜」
「どうぞどうぞ」
久しぶりの単独行でしかも難所を歩くから内心ドキドキしていた。テントを出ると、隣の彼は岩に腰掛けてビールを飲んでいる。
「明日、奥穂なんだけど初めてだしドキドキしてます」
「僕もです。どちらから?」
「大阪です。あなたは?」
「熊本です」
「僕の実家も熊本。熊本のどこ?」
「玉名」
「えっ? 僕も玉名。厳密に言うと岱明やけど」
「亀の甲の」
「玉高の近所やね」
「ひょっとして同級生かな?」
「いま50。え〜っと、卒業は何年だったかな? 僕、Tです」
「タモッちゃん?」
「え〜っ、なんで知ってるの? じぶん、誰?」
「Kです」
「なんや〜、Kかぁ。一年のとき同じクラスだったやんか」
すっかり打ち解けて「飲も飲も」とKの隣に腰掛けた。
32年ぶりの邂逅。こんなところで会うとは。しかも隣同士のテントである。
名前を聞けばかすかに面影はあるが、聞かなければ判らずじまいだったかもしれない。
山については、Kは岩も雪山もやるらしく、今回は、西穂から奥穂、北穂、大キレットを北上して槍まで三泊の予定とのこと。「夏山の集大成にしよう」とこのコースを選んだのだと言う。
僕は北穂まで二泊の予定。
奥穂に泊まるか北穂まで行けるかは明日の足次第だ。
仕事についても話が及ぶ。
詳細については触れないが、お互い人生の転機を迎えようとしている。
05;45 独標へ。 |
8月26日(土)
3時起床。朝食、撤収。わずかにガスが付いている。ヘッデンを点けて歩き始める人が三々五々。僕たちは、5時出発にした。この時刻になるともうヘッデンは要らない。
13年前、僕は独標までも行けず、お花畑でみんなを待っていた。どうやらそのお花畑の入口には杭が打ってあり立ち入り禁止になっていたようだ。
05:55 西穂独標
登りはなんとかなるが、
K「下りの急斜面はクライムダウンで下りた方がよい。足を開いて股の間から下ろす足場を探す」と。
僕「なるほど」
同級生K |
鎖場を下る。 |
06:30 ピラミッドピーク
Kに先を行ってもらい、僕は32年ぶりの邂逅の不思議さと、一方で俗っぽいけれど「人生、まだまだ捨てたもんじゃないなぁ」とつくづく感じていた。「まあ、何とかなるやろ」と。
07:15 西穂高岳
快晴の空にすぐそれとわかる槍がとんがっている。
西穂(2908.6m)とほぼ同じ標高の間ノ岳、天狗の頭の向こうにさらにぐんと高いピークがジャンダルム(3163m)。間ノ岳、天狗の頭がまるで子供のようだ。奥穂はそのジャンダルムの向こうに隠れている。吊尾根に沿って右のピークが前穂か。
垂直の鎖場をクライムダウンで下りる。
ペンキマークを外さないように岩稜を歩く。
間ノ岳からジャンダルムへの登り。 | |
間ノ岳から槍ヶ岳。 |
天狗への逆層スラブ。 |
08:30 間ノ岳
ジャンダルムへの登りが眼前である。
間天のコルに下り次ぎは天狗への逆層スラブの登り。
鎖が付いていて三人ほど奥穂側から下ってくる。
天気もよく逆層とは言え岩は滑らない。途中までは鎖を使わなくても登れた。
09:20 天狗岳
この天狗の頭からの下りだったか、先の間ノ岳の下りの鎖場で、出っ張った岩を抱き込むように左に巻いてさらに鎖で下るのだが、足場にピンが打ってあるけれど、ひとつは見えるがもう一つがオーバーハング気味の岩のために上からは見えない。
先に下りたKから、
「もちょっと左、もちょっと下」
「あったあった」
と言うわけでやっとこさコルに下りた。
ここから、3163mのジャンダルムまで標高差約300mの岩稜の登りだ。
どこをどう登ったのかさっぱり記憶にないけれど、ペンキマークはしっかりしていた。
とうとうジャンダルムの基部に到着。
正面にピンと鎖。それを登るとジャンダルムピークへ。右に巻くと奥穂へ。
左にもジャンダルムへのペンキマークがあった。
Kは岩もやるからジャンダルムのピークから向こうへ下ることも脳裏を掠めたようである。
僕「どうする?」
K「ま、ここにザックを置いてピストンしましょか」
と言うわけで空身で鎖を掴みピンに足をかけた。
11:30 ジャンダルムピーク。
登山を始めて13年。憧れる一方で、僕には無理だと思っていたこのジャンダルムのピークについに僕も立ったのだ。
嬉しそうな郭公さん。って、僕のことですが。(^^ゞ |
携帯の電波状態もよく、仲間うちに、
「1130ジャンジャジャーン」と発信した。
D氏からすぐ返信があった。
「郭公さん、ハヨコイのもでー、こちらからは小屋がみえはじめた」
彼とどんさんは白出沢をつめて、円さんたちは南岳から大キレットを通り北穂を経て、奥穂の小屋を目指しているはずである。
ジャンダルムから見た奥穂高岳。 | |
ジャンダルム。 |
基部まで戻りザックを背負って再びピンに足を乗せ鎖を掴む。右へトラバースするのだがここがやや高度感があり怖かった。
12:35 いよいよ最後の難所、馬ノ背だ。登りに使ったせいか、さほどの高度感もなく無事に通過。ただし、ふたつほどぐらぐらする岩があった。
馬ノ背を登るK。 | 登りのせいかそれほど怖くはなかった。 |
安堵と達成感いっぱいで奥穂への最後の尾根を歩く。
かつて前穂から奥穂へと歩いたとき奥穂でちょうどお昼だった。
ジャンダルム側から来る人を羨望のまなざしで眺めたことがある。
「とてもとても僕には無理だ」と。
それから数年経ち僕もジャンダルムから奥穂へ向かう人の列に加わることができた。
12:50 奥穂高岳山頂。
Kと写真を撮り合い、小屋へ下る。ハシゴを過ぎると仲間の顔が見えた。プラットフォームで宴会中である。下りながら大きく手を振った。
「やあやあ」
僕たちもビールを飲み大休止。
どうやら同じところで、Kが雪の西穂で知り合った方々も休んでおられたようだ。
テント場は空いていたが、ここで泊まると明日は空身で北穂をピストンすることになる。
時間的には北穂までまだ余裕で行ける。
Kもまた、きょう北穂まで行っておけば明日の行程が楽になる。
北穂ドームへ向かって岩稜を登る。 |
14:30 「じゃあ、行こう」と重い腰を上げて出発。
涸沢岳まではほんのひと登り。
それからの下りは鎖場が続き、はしごも数箇所あった。かなりの高度感だった。西穂から奥穂よりもむしろこちらのほうが怖いくらい。
最低のコルまで下り、いよいよ北穂への登りだ。ここもまた岩稜の道。ドーム直下に鎖場がある。明日、ここを一人で引き返すのかと思うとやや気鬱だ。
ドームを巻くとテント場が見えた。
このテント場には1998年に大キレットを通ったとき泊まったことがある。日本一高所のテント場らしい。
17:15 いったんテント場にザックを置き、北穂山頂を経て小屋へ。
この距離が長いのである。
ビールと水を補給し、テント設営後、また二人で飲んだ。途中からヘッデンを点けた。
「奇遇、偶然以上の天の配剤かもしれんね」
「ほんと助かった。ありがとう」
僕たちは堅い握手を交わしてそれぞれのテントに入った。
8月27日(日)
三時起床。夜中、雨の音がしていた。
外はガスっている。
早朝のこと、あんまり食えないから時間をかけてゆっくりと食べたがそれでもアルファ米を少し残してしまった。
05:00 Kに声をかけてテント場を出る。
「じゃ、先に行くから」
「うん、僕はも少しゆっくりしとく。夜、雨の降りよったろ?」
「うん、降ったごたる」
きのうの道を引き返す。ドーム下の鎖場も無事通過。
06:00 ドーム下の鎖場も無事通過し、もうすぐ最低コル。涸沢岳への登りが待っている。 |
06:10 最低のコル。
若い二人が疾風のように追い越して行く。
ここから涸沢岳まではしごと鎖場が続く。登りだから存外小気味よい。
「ああ、ここだったか」と、最後のチムニーの鎖場を登り、涸沢岳の稜線に出た。
07:10 涸沢岳。ガスっていて残念ながら展望はなかった。
誰もいない。つわものどもが夢の跡みたい。 |
07:30 奥穂小屋
予定通りの時間だった。人もまばらである。半生醤油餅を二つ三つ食べ、水を飲み。タバコを一本。携帯はイマイチ電波が悪そう。
しょうがない。下るか。
07:50 白出沢を下る。
小屋の裏から谷を下るのだが、雪渓の上までは大きな岩の道だった。
ストックを持って来なかったので用心のために雪渓横を歩いたがなんとも歩きにくい。 雪渓下のガラガラの道も同様だ。
09:00 一本。
ここは毎年雪崩れるらしく道を作ってもすぐ駄目になるらしい。
沢からようよう山道に入ったが木の根はあるし、しかも急だし、すっかり疲れてしまった。
10:20 橋を渡る。
11:20 白出小屋。林道との出合。
どこかで休もうと思いながらとうとうここまで来てしまった。足がジンジンしている。靴を脱ぎたいくらいだった。
水場があり、何杯もごくごく飲んだ。
15分ほど休んだ後、林道をとぼとぼと歩いた。
12:10 穂高平小屋。
もう歩けんぞ。ぐったりと腰掛ける。
槍から下ったらしい女性のパーティはここで休みも取らず元気に下って行く。
白出沢で抜きつ抜かれつのパーティが追いつき、さっそくビールみたい。
「うーん。がまんしよう」
小屋から左へショートカットの山道を歩くと疲れた足にはむしろスピードが出ず、これだったら林道を歩いたほうが良かったな。白出沢の下りはかなりこたえた。
ゲートを過ぎ、ロープウェイ乗り場を過ぎ、バス乗り場を過ぎ、駐車場へ坂道を下る。
13:30 無事下山。「ふう」
靴を脱ぎサンダルに履き替える。この瞬間がなんとも嬉しい。
バス乗り場まで戻れば無料の風呂があるがもう歩きたくない。
平湯で入ることにしてエンジンをかけた。