第二部 高倉下とは何者であるか (Mar.20, 2011)


(一) 「日本書紀」「先代旧事本紀」より


 冒頭に引いた「古事記」と類似の記事が「日本書紀」にもあり、
・時彼処有人、号曰熊野高倉下。
 時に彼処に人有り、号けて熊野の高倉下(タカクラジ)と曰ふ。

 その後、高倉下の表記は(下)を省略し、高倉と書かれる。
・時武甕雷神登謂高倉曰、予剣号曰フツノミタマ。今当置汝庫裏。宜取而献之天孫。高倉曰唯唯而寤之。
 時に武甕雷神、登ち高倉に謂りて曰く、「予が剣、号けてフツノミタマと曰ふ。今し汝が庫の裏に置かむ。取りて天孫に献れ」といふ。高倉、「唯唯」と曰して寤めぬ。

 この記事から考えると、高倉下は、高倉―下(タカクラ―ジ)と分解できそうである。
 ところが、倉下(クラジ)の人名も登場する。
・諸将曰さく、「兄磯城は黠しき賊なり。先づ、弟磯城を遣して暁喩さしめ、并せて、兄倉下・弟倉下をも説さしめたまへ。如し遂に帰順はずは、然して後に兵を挙げて臨むも亦晩からじ」とまをす。倉下、此には衢羅餌(クラジ)と云ふ。
 この例で言うと、高倉下は、高―倉下(タカ―クラジ)とも分解できそうなのである。
 クラジについては、欽明紀にも記事がある。
・能く射る人、筑紫国造といふものあり。(中略)余昌、国造の囲める軍を射却けしことを讃め、尊びて名けて鞍橋君と曰ふ。鞍橋、此には矩羅膩(クラジ)と云ふ。
 
 この鞍橋君は、福岡県鞍手郡鞍手町の飯盛山にある鞍橋神社に祀られている。また、直方市下新入の剣神社には倉師大明神が祀られている。もともとこの剣神社は六ヶ岳山頂に祀られていたが遷座を重ね現在地に遷っている。
 鞍橋神社のある飯盛山は六ヶ岳のすぐ北にある。この鞍橋、倉師が鞍手の地名の由来であるとされている。
 鞍手町へ行くと、ところどころに「くらじの郷」の看板がある。

 また、たとえば、饒速日の降臨系の息子、宇麻志麻遅(ウマシマジ)は可美真手(ウマシマデ)とも表記される。おそらくだが、この「ジ」はもともとdiと発音されていたのではないだろうか、ウマシマディ、クラディと言うように。
 韓国ドラマを見ていると、「お父さん」のことを「アボジ」「アボディ」「アボリ」と言っているように聞こえる。私はこの「ジ」「ディ」「リ」につながっているのではないかと思えてならない。小学館版『日本書紀』は、クラジは「鞍主」の意と注を付けている。同様に、熱田の高座結御子神社の栞にも、「高倉下の意味は高倉主(たかくらじ)」とある。つまり、「ジ」に主を当てているのである。
この説に従えば、高倉―下となるが、高―倉下も説としては「あり」のようにも思える。後者であれば、クラジ族の首長の意かと思われる。

 朝鮮語はさっぱりわからないが、以下ネットで検索してみると、
http://www5a.biglobe.ne.jp/~cath-ta/i7-dokuhaku.htm
 (哀号独白)
・私の名は哀号(あいごう)。柴犬、雌14歳。主(アボジ)に連れ添って13年。人間にすれば80歳。人間社会と同じで、犬も長生きするようになった。最近は18、19歳にもなるジジババ犬をよく見かける。犬にも介護保険があればいい。まあ、歳の話しは止めよう。
 最近はリストラの不安におびえるサラリーマンも多い。アボジの飲み仲間、集まればその噺。リストラも人間だけではない。主(アボジ)に連れ添って13年。

http://homepage3.nifty.com/silc/hoshi/aru_sisin/44_ri_ginte_san.html
(あぁ李鎮泰兄弟!)
・韓国語で父を「アボジ」と言うのだろうか。幼い長男の主言(ジュオン)がアボジ、アボジと泣き悲しむ姿が見えるようだ。次男の成言(ソンオン)は逆に目に一杯の涙をためジッと堪えて健気に耐えている表情を誰が制止出来るだろうか。
 (なお、上記の二つのURLはともにリンク切れだった)

 どうやら世帯主、家主の「主」を「ジ」あるいは「ジュ」と読み、転じて父の意になったように思われる。日本語でも一家の主(あるじ)と言う例がある。
 高―倉下であれば、クラジ族の長の意であろうし、高倉―下であれば、高倉の主の意である。


 次に、『先代旧事本紀』「天孫本紀」。
 天孫本紀には、饒速日が天降りする前のつまり天上で生まれた子孫の系譜と、天降り後の子孫の系譜が書かれている。天上系は各地に拠点を持ち国造の祖となり、降臨系は朝廷と結びつき後に物部の姓を名乗る。
・天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊。天道日女命為妃。天上誕生天香語山命。御炊屋姫為妃。天降誕生宇摩志摩治命。

・児天香語山命 (天降名手栗彦命。亦名高倉下命。)
 この天上系の天香語山命が天降って、手栗彦命と言い、亦の名を高倉下命と言う。

 つまり、高倉下とは天香語山のことと言うのであるが、饒速日の天上系子孫ではあるが、はたして同一神かどうかについては検討を要すると思う。本稿では、高倉下に焦点を当てて考えてみよう。




(二)高倉下を祀る神社
(三)熱田・高蔵遺跡
(四)熱田・高座結御子神社と遠賀・高倉神社
(五)(追記)神武天皇の問題点