(付)安徳天皇入水事件
 
 文治元年(1185)、平家が壇ノ浦で滅ぶ。そのとき、草薙剣も齢まだ八つの安徳天皇とともに壇ノ浦に沈む。

『平家物語』巻第十一
先帝身投
・二位殿(平時子)はこの有様を御らんじて、日ごろおぼしめしまうけたる事なれば、にぶ(鈍)色のふたつぎぬうちかづき、ねりばかまのそばたかくはさみ、神璽をわきにはさみ、寶剣を腰にさし、主上(安徳天皇)をいだきたてまつって「わが身は女なりとも、かたきの手にはかかるまじ。君の御ともにまいるなり。御心ざしおもひまいらせ給はん人々は、いそぎづづき給へ」とて、ふなばたへあゆみいでられけり。主上ことしは八歳にならせ給へども、御年の程よりはるかにねびさせ給ひて、御かたちうつくしく、あたりもてりかがやくばかり也。御ふしくろうゆらゆらとして、御せなかすぎさせ給へり。(中略)この國は心うきさかゐにてさぶらへば、極楽浄土とてめでたき處へ具しまいらせさぶらふぞ」と、なくなく申させ給ひければ、山鳩色の御衣にびんづらゆはせ給ひて、御涙におぼれ、ちいさくうつくしき御手をあはせ、まづ東をふしをがみ、伊勢大神宮に御いとま申させ給ひ、其後西にむかはせ給ひて、御念仏ありしかば、二位殿やがていだき奉り、「浪のしたにも都のさぶらうぞ」となぐさめたてまつって、ちいろ(千尋)の底へぞいり給ふ。
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『吾妻鏡』では、平時子が宝剣を持ち、按察局がわずか8歳の先帝(安徳天皇)を抱いて海に沈んだ。
 安徳天皇の墓は、関門海峡の山口側、まるで竜宮城のような赤間神宮の横にある。

文治元年三月廿四日丁未。
・於長門國赤間関壇浦海上。源平相逢。各隔三町。漕艚向舟船。平家五百余艘分三手。以山峨兵藤次秀遠井松浦黨等為大将軍。挑戦于源氏之将帥。及午刻平氏終敗傾。二品禅尼持寶剣。按察局奉抱先帝。(春秋八歳)共以没海底。
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 ところが、これはどうやら宮中用のレプリカらしい。
 いわゆる三種の神器。鏡もまた宮中用に作成され、何度か火事に遭った。

 同じく平家物語から引くと、 
・第九代の御門開化天皇の御時までは、ひとつ殿におはしましけるを、第十代の御門崇神天皇御宇に及んで、霊威におそれて、天照大神を大和國笠ぬいの里、磯がきひろきにうつしたてまつり給ひし時、この剣をも天照大神の社壇にこめてまつらせ給ひけり。其時剣を作りかへて、御まもりとし給ふ。御霊威もとの剣にあひおとらず。

・博士のかんがへ申けるは、「むかし出雲國ひの川上いて、素戔烏の尊にきりころされたてまつ(リ)し大蛇、霊剣をおしむ心ざしふかくして、八のかしら八の尾を表事として、人王八十代の後、八歳の帝とな(ッ)て霊剣をとりかへして、海底に沈み給ふにこそ」と申す。千(尋)の海の底、神龍のたからとなりしかば、ふたたび人間にかへらざるもことはりとこそおぼえけれ。
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 もし、このときの草薙剣が、真物であったならば、姿を示すこともなく、海に沈み、神龍の宝となった。まことに、数奇なる運命をたどった宝器と言わなければならない。

 

参考文献およびサイト
・『風土記』(岩波書店)
・『日本書紀』(小学館)
・『日本書紀』(岩波文庫5巻本)
・『捜神記』(平凡社 東洋文庫)
・大林太良『日本神話の起源』(角川新書)
・『古事記』(新潮社)
・「古代で遊ぼ」http://www.asahi-net.or.jp/~vm3s-kwkm/kodai/
 第8章 初期開拓者http://www.asahi-net.or.jp/~vm3s-kwkm/kodai/kk08.html
・『國史大系 続日本紀』(吉川弘文館)
・北九州市立いのちのたび博物館 http://www.kmnh.jp/
 最古の蛇行剣/4世紀の古墳から出土 http://www.kmnh.jp/inishie/detail.php?seri=19
・栗田寛「神器考證」(近代デジタルライブラリー http://kindai.ndl.go.jp/
・稲田智宏『三種の神器』(学研新書)
・『神道体系 大神・石上』(神道大系編纂会)
・「考古学ジャーナル」No.498 (2003)
・『史記』(平凡社)
・『古語拾遺』(岩波文庫)
・『伊勢の神宮125社めぐり』(伊勢神宮崇敬会)
・『神道大系 神宮編1』(神道大系編纂会)
・『神道大系 神宮編2』(神道大系編纂会)
・『群書類従』第四輯(續群書類従完成會)
・『國史大系 古事記・先代旧事本紀・神道五部書』(吉川弘文館)
・『熱田神宮史料 由緒縁起編』(熱田神宮宮庁)
・『伊勢と熊野の海』(小学館)
・森浩一『日本神話の考古学』(朝日新聞社)
・阿遅速雄神社 由緒書
・『日本の神々 1.九州』(白水社)
・『國史大系 古事記・先代旧事本紀・神道五部書』(吉川弘文館)
・伊藤常足『太宰管内志』歴史図書社
・『筑前國続風土記』http://www.lib.nakamura-u.ac.jp/kaibara/fudo/head.htm#m
・『平家物語』(岩波書店)
・『國史大系 吾妻鏡』(吉川弘文館)



第一章 天照大神と素戔嗚神話
第二章 草薙剣の形状と語意
第三章 草奈伎神社―標剣としての草薙剣
第四章 孝徳天皇期における伊勢と熱田、及び
第五章 沙門道行による草薙剣盗難事件

第六章 遠賀とヤマトタケル