ここは晴雨不論でやる。日程もずいぶん前から決まっていた。
 帰りが遅くなれば月曜日に差し支えようから、金曜の夜こちらを出て本宮で仮眠し土曜日は早朝から動く。段取りは悪くなかったと思うが、まあ珍道中と言えなくもない、奥駈最終コースであった。


5月17日(金)
 五條の待ち合わせ場所にやや早めに着くとRINちゃんが逆コースからやってきた。おや?
 「へへ、夜やから暗くて行き過ぎてしもた」
 定刻10時半に、DOPPO号、せきやん号がどんかっちょさん、美波ちゃんを乗せて到着。時々ワイパーをまわしながら本宮へ向かう。
 暗い道だが空いていて思ったより早く着きそう、と思ったら、

【一】
 玉置山への分岐、滝を過ぎたトンネルの手前の橋で通行止めをくらった。道路工事中とかで、1時15分にならないと通れない。

 「あと1時間。どうする?」
 仮眠しよう。僕は目を閉じておとなしくしていたが、そうそう眠れるものではない。DOPPOさんは車外に出てガードマンのお兄さんと雑談みたい。
 本宮の道の駅に車を止め本当の仮眠をとる。屋根の下にマットを敷き寝袋にくるまる。


5月18日(土)
 早朝、本宮は低く雲が垂れ込めていた。道の駅にある地図で備崎橋を探す。あと二つか三つ先の橋である。

【二】
 その橋を渡ったところに駐車場がある、はずであった。が、ない。

 「あれ? ここですよね? おかしいな?」
 地図のPではいまイノシシを飼っていて、大きな飼育小屋が幾棟も建っていた。
 「もう少し先まで行ってみる?」
 その小屋のとなりには何の関係か不明だが事務所っぽい建物があった。入り口には数台の駐車場があったけれどトラロープが張ってある。地図をもう一度見て、「ああ、役場があるわ。そこにしよう」と。熊野本宮大社のとなりだ。ほんの少し引き返し、4台のうち2台をデポ。
 残りの2台で、葛川の玉置山登山口まで。1台はこの登山口に車を置き、ここから玉置山に登る。もう1台で、僕とせきやんは玉置山の駐車場へ行き、そこからこの登山口に下り、ここに置いた車を回収して玉置山の駐車場まで乗って行く。このような段取りである。二日この登山口に置いておけば車上荒らしに遭いかねない。以前の南奥駈のときちょうどここに下りると警察が見回っていて、車上荒らしがよくあるとのことであった。
 どうせ山道で出会うからそのときキーを預かればよいのだが、DOPPOさん、
 「スペアがあるからあらかじめ渡しとくわ」
 僕とせきやんは玉置山の駐車場に車を停め、まず玉置神社へ。鬱蒼とした巨木にすうっとガスがかかる。玉置神社は拝殿がなくいきなり本殿になっている。社務所で由緒書きをいただく。なになに? 主祭神は国常立尊。ほんとかなぁ・・・。
 「めずらしいですね」
 「四国の神社は多いですよ」
 ふうん、そうなのか。
 この神社から玉置山山頂まではすぐだ。
 この山頂から「駐車場」方面と、「花折塚・宝冠の森」方面の標識が出ている。神社で聞いたら花折塚の方へと言っていた。
 僕たちは迷うことなくその標識に従った。踏跡もしっかりしてあれやこれや話をしながらずんずんと進むと、をっとっと、急な鎖場である。雨こそ降ってないが足元の岩がつるつる滑る。行けるんかいなってほどの急な下りを過ぎたら今度は急な鎖場の登り。これが二ヵ所あった。
 「気をつけんと危ないとこがあるで、ってゆうとかなあかんね」
 さらに進むと宝冠の森である。そこを過ぎるとストンと切れた突き当たりから紀伊山地の北方が一望に見渡せた。雲がなければもっと展望がいいはずだ。正面の真北に見えるでっかいのは中八人山ではないだろうか。
 「それにしても下るところがあらへん」
 「えっ?」
 ぐっと下を覗き込み下りれそうなところを探す。なんとか下りたら道がありそうな感じもするのだ。いったん引き返し別の尾根の方を見る。
 「うーん。こっちの方のような気もするんやけど」
 「だいたい、宝冠の森って地図にないんよね」
 横から覗き込む。
 「あれ? こんなところにあるわ」


【三】
 宝冠の森は、奥駈道とはほぼ150度方角違いで、玉置山から40分のところに書かれていた。
 「あちゃー。まちごてますやん」

 「引き返さなあきませんね」
 40分40分で往復1時間20分のロスである。玉置山が近づくと、「おーい。おーい」と声を出したが返事はない。いったん山頂までもどりそれから「駐車場」への標識の道をとる。
 「会うかな?」
 会うとすればもうそろそろの時刻である。
 僕たちは急ぎ足で下った。よく踏まれて道もまた穏やかだった。途中で舗装道路に出た。
 「あれ? 車で登って来た道ですやん」
 その道沿いに下るとふたたび「奥駈道」の標識が山中を示している。これを何度か繰り返した。まるで吉野から五番関へ向かったときのよう。山中へ入る道を見落とせばこの舗装道路沿いに歩くことになる。どっちにしても行き先は同じようなものだけれど。
 もはや彼らに会うには遅すぎる。すでに玉置山に着いているはずだ。そうでなければ、この山道と舗装道路ですれ違っていることになる。
 「キーを預かっといてよかった」

 「岩ノ口」が見えた。
 「ふう。やっと着きました。ここから右へ下りるんですわ」
 巻道を少しずつ下ると、すぐ下に林道が見える。DOPPOさんの車が見えた。
 「あった、あった」
 僕たちはそれに乗って再び玉置山の駐車場へ引き返す。
 待ちくたびれた気配でみなさん待っておられた。
 「すまん、すまん。道まちごてしもた」
 昨晩の足止めと言い、備崎橋の駐車場消滅と言い、今回の宝冠の森と言い、なにやら珍道中の気配である。

 昼ご飯を食べて再び玉置神社へ向かい、いよいよ本宮への奥駈道へ。
 巻道を軽快に下ると舗装道路、本宮辻に出る。はす向かいの奥駈道の入り口に、旧道は崩壊のため立ち入り禁止。500m先の林道から入れ、みたいなことが書かれている。旧道と思われる細い道のすぐ横には幅の広い道路がついていたがチェーンがかかっている。たぶん林業関係者のみの道なんだろうということで、舗装道路を下る。最初はいろんな話で盛り上がっていたが、
 「だいぶ歩いたでぇ。もう500m以上歩いてるよね。これでええんかな?」
 「ほんまやね。でも山道への入口も見当たらなかったし。もうちょっと歩いてみようか?」
 なんてことで更に歩くけれども、山道に入る気配がない。

【四】
 「さっきのチェーンかけてたところとちがうかな? なんぼなんでもだいぶ歩きすぎたから、これと違うんじゃない?」
 「引き返そうか」

 そんなこんなで先ほどのところまで引き返す。緩やかとは言え登る。気落ちのせいもあるけれどこれがまたきつい。
 どっと疲れがでて、先ほどの旧道の入口で小休止。 
 「やっぱり、この道入るしかないんじゃない?」
 「これしかないよね」
 しばらく巻道を歩いて急登を旧篠尾辻まで登ると大森山までは緩やかな尾根道だ。展望の利くところで一本。木々の間から北側の山々が見える。
 「あれが釈迦とちゃいます?」
 南を見ると空にはもはや夏雲の気配があった。

 大森山をすぎ、ぐんぐん下る。地図の危険マークはこの急斜面のことかもしれない。
 これを下りきれば岸の宿跡、篠尾辻あたりがきょうの幕営予定地である。

 RINちゃんの4人用とせきやんの4人用のふたつを張る。
 さあさあ、飲みましょう。
 真ん中に思い思いに座り、焼酎、ビール、ウイスキー。肴は特別メニューを美波さんが作ってくれる。男ばかりの山行では、肴は乾きもの。ご飯のおかずには野菜類がない。
 とってもありがたい。

 山では酒がすすむ。自宅で一人ではこうは飲めない。
 おかげでずいぶん酔っ払った。いったいどんな話をしたのだったか。


5月19日(日)
 さあ、最終日だ。
 6時に出発し、まずは五大尊岳への登り。ここがピークかと思えばさらに階段状に次のピークがあった。金剛多和の宿を過ぎ大黒天神岳へ。もはや夏の陽射し。セミの鳴き声がする。
 「おっと、もうセミが鳴いてますやん」

 展望のきく右斜面では大きくうねる熊野川が眼前に広がった。
 宝篋印塔で大休止。地図上の時間ではもう残りはわずかである。しかし、それからがまたずいぶん長かった。吹越峠を過ぎたところに本宮を一望できるベンチがあった。どうやら公園の一角になっているようだ。すぐ下を熊野川が流れ熊野本宮大社は指呼の間と言ってよい。低い山並みが雲に覆われ北のほうでは雨になっているようだ。ここもポツリポツリと降り出した。

 雨具をつけ階段を降りるとどっと疲れが出てきた。せきやんは先に行って車で迎えに来ると言う。ありがたい。
 最後の七越峰の階段を上り左の破線を下り、舗装道路を横切り標識に沿うと、河原へ出た。
 「ふうっ。やっと終わったか」
 何はともあれ、これで僕も奥駈完全縦走だ。
 写真を撮り、雨具を脱いでいるうちにみんなに取り残されてしまった。川を渡れば熊野本宮の鳥居がすぐそこにあるのに。足の裏が痛くなりさっさと歩けない。堰堤に上がり備崎橋へ。
 「いやあ、お疲れさん」
 最後の最後にどっと疲れてしまった。

 車道を役場のほうへ引き返しているとせきやんがビールと一緒に迎えに来てくれた。
 下りの途中で道を間違え、備崎橋よりもう一つ下流の橋のところを渡ったそうである。それにあちこち擦り傷があった。
 こりゃあ、赤フンの前に赤チンを塗っといたほうがよさそうだ。

 熊野本宮大社でお参り。
 渡瀬温泉で露天風呂に入る。
 DOPPOさん、風呂から上がるとひげを剃っていた。阪神の優勝祈願とちゃうかったっけ?
 でもまあ、奥駈を完走してひと区切り、さっぱりしたかったのかな?

 帰路、玉置山へ車を回収に行く。出る前に、DOPPOさんがRINちゃんに
 「一緒に来んでええから。滝の三叉路で待ってて」
 と言っていた。
 道中雨になった。僕たち男4人で乗ったせきやんの車は、本宮からは滝よりひとつ手前の玉置山への道へ曲がった。美波さんを乗せたRINちゃんの車も後を付いて来ようとしていたので、DOPPOさん「向こうへ行け行け」と手で合図する。

【五】
 車を回収して滝の三叉路まで来ると、RINちゃんがいない。

 「おや? どうしたんだろう? こんなに時間かかるはずないのに? 帰ったんやろか? RINちゃんのテント、まだ僕のザックの中なのに。十津川の道の駅やろか?」
 そこへ行ってもいない。
 DOPPOさん、ちょっと見てくるわ。

 ほどなく、DOPPO号、RIN号が連れ立って道の駅駐車場に入ってきた。
 「いやはや」



■奥駈完全縦走の軌跡■
釈迦−孔雀−仏生−楊子ヶ宿跡(2000年12月16/17日)
弥山から楊子ヶ宿(2001年4月28/29日)
DOPPO、郭公、幽玄の南奥駈を行く、の巻。(2001年5月4/6日)
それぞれの大普賢−奥駈は石楠花街道 (May 26/27, 2001)
吉野から山上ヶ岳―身口意三業を整え参入召されよ (Mar.9/10, 2002)


DOPPOさん:玉置山から熊野本宮へ
どんかっちょさん:奥駈道玉置山から熊野本宮へ
RINちゃん:大峰奥駈仕上げ〜玉置山から熊野本宮へ





 玉置山から本宮 (奥駈縦走完成の巻)―宝冠の森付き、セミの声付き (May 18/19, 2002)